ミミッキュ

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"今1番欲しいもの"

『今日は業務が早く終わった』
『今からそちらに行く』

ベッドの枕の横に置いていたスマホから、アイツからのチャットの通知音が鳴って、メッセージを見て何とか気持ちを抑えて返信する

『わかった』



気圧のせいか、今日はすこぶる体調が悪い。緊急通報に向かって着いてすぐ変身して何とかバグスターを倒せたが、体が思うように動かず頭も上手く回らなくてそのせいで、そこまで苦戦しないバグスターだったのに時間がかかった気がする。その後は誰かが何か言いかけてたが、さすがに立っているのも辛かったので「急用がある」などと言葉を切って、帰ってきて居室に入った途端糸が切れたかのようにベッドに突っ伏して、それからしばらくスマホを枕の横に置いて横になっていた。
2時間くらい経っただろうか、それでも全く良くならず、ずっと辛い状態が続いていた。
───頭が痛い、重い、辛い…。
「───飛彩…。」
ふと何故かアイツの、しかも呼んだことの無い下の名前が口をついた。それに返事をするようにアイツからのチャットの通知音が鳴り、来たのが上のメッセージ。嬉しくて少しばかり返事をするのを忘れてメッセージを見ていたが、何とか気持ちを落ち着かせて返事をした。その後すぐ既読が付いて嬉しくていい歳して柄にもなくはしゃいでしまったが、すぐに我に返る。───まずい。今のままアイツが来たらどう反応されるか。というか、こんなメッセ送ってくるという事は何か用事か?いつも通り振舞ってさっさとアイツの用事を終わらせよう。そしてアイツが帰った後すぐドラッグストア行って頭痛薬買ってこよう。
ある程度の計画を立て、まずはいつも自分のいる診察室に向かおうと上体を少し起こすが、頭が枕から離れた瞬間とてつもない頭痛が襲ってきて思わず顔をしかめた。起き上がる事が出来ず、再び横になる。
───クソッどうすればいい。『急用ができたから無理だ』と、メッセを送るか…。
そう思ってスマホに手を伸ばしたが、遠くで扉が開く音と聞き慣れた足音が聞こえてきた。
───アイツ、もう来たのか!?
あのメッセージと既読から今までの、予想していた時間の間隔の短さに驚く。距離的に恐らく診察室の前か、そこで足音が止まる。いつもそこにいる自分がいないのを確認して、帰っていくかと思ったが更に足音が大きくなり、扉の外から小気味良いノック音が部屋の中に響き、扉越しに
「おい、居るのか?」
と、鏡の声がする。驚きのあまり声を出せずにいると
「…。」
再びノック音が聞こえた。声の代わりに、壁をノック音と同じリズムでノックして入室の許可をする。
───聞こえたか…?
少し心配したがすぐに
「入るぞ。」
と扉が開いた。入ってきて早々、人の顔色を見て眉根を寄せる。
「…やはりな。」
「はぁ?」
"何が「やはり」だ。"と言葉を続けようとしたが、ふと鏡の手元に視線を落とすとビニール袋を持っていた。不透明のため何が入っているのか分からないが飲料は確実に入っている。飲料と、他の何かがビニール袋の中に入っている。するとツカツカと近づいてきて、横の棚の上にビニール袋を中身取り出し置いた。ビニール袋に入っていたのは、ミネラルウォーターと頭痛薬。
───ッ!?なんで…。
それは俺が買いに行こうとしていた、何度か使っていた頭痛薬だった。不思議に思い疑問を口にしようとしたが、声にする前に止めた。
───コイツの事だ、きっとたまたま目に付いただけだ。
そう自分の疑問を片付けた。
「起き上がれるか?」
などと考えていると不意にそう問いかけられ、我に返る。腕に力を込めて再び上体を起こそうとするが、先程と同様に頭が痛み顔をしかめる。それでも今度は無理やり上体を起こそうとすると、鏡が俺の両肩を、そっと掴んで再び横になるように促し、──というより力が強くて、普段ですら片腕で持っていかれたりするくらいなので逆らおうにも逆らえず、その上今は頭痛と重さで力が上手く入らないので──大人しく再び横になる。
とここでオペの後、俺が体調不良なのを察して業務を終わらせた後"うちに来る"なんてメッセージを寄越して、おまけにこっちに来る途中でドラッグストアで必要な物を買って、ここに来た事に気付いた。
するとビニール袋の中にまだ何か入っているのか、カサカサと音がして音の在処を見ると鏡が薬呑器(やくのみき)を手に持っているが目に入ってきた。
───んなもんまで買ってきてやがったのか、用意周到すぎんだろ… 。
ビニール袋をよく見るとまだ何か入っているような膨らみをしていた。恐らくこの体調で物をまともに食ってない──そもそもまともな食事すらない(実際あるのは栄養補助食のブロックとゼリー飲料のみなので正解だが)──と思って軽食も買って来たのだろう。
なんて考えいたら、コポポポと音を立てながら薬呑器にミネラルウォーターを注ぎ、頭痛薬の箱を開けてフィルムを取り出す。更に取り出したフィルムから2錠押して出すと
「ほら、口を開けろ。」
と、1度手のひらに押し出した2錠を摘んで俺に近づけてきた。一瞬恥ずかしくて躊躇ったが命令通りゆっくりと口を開いた。すかさず薬を口の中に入れられ、間髪入れず今度は薬呑器の口を俺の口の中に入れ、水を飲ませててきた。とても恥ずかしくて余計頭が痛くなった気がするが俺の体調を気遣っての事だし、こういう時の鏡は頑固なので素直に聞き入れてされるがままにした方が良い。そうな事を思いながら、口の中に入れられた頭痛薬と水を、コクリ、と飲み下す。喉仏が下がったのを見たのだろう、飲み下した後に鏡が僅かに顎を引く。
「食欲はあるか?ひじき煮を持ってきたんだが。」
と、またビニール袋から今度は小さなタッパーとプラスチック製のスプーンを取り出した。透明なので中身がよく見えるが、レンジで温められたのか中は外との温度差で若干結露が発生している。また素直に、今度は声を出して短く「あぁ。」と答えると「そうか。」と返事をして「借りるぞ。」と言って近くにあった椅子を引き寄せて座り、タッパーの蓋を開ける。ひじき煮の良い匂いが鼻腔をくすぐり、そういえば今朝から何も食べてないなと気付くと急に空腹感が襲ってきた。
すると鏡がタッパーの中のひじき煮をスプーンで掬って
「ほら。」
と、口に近づけられた。2度目だからさすがに躊躇いはなく口を開けたが、やはり恥ずかしい。今度はゆっくりとひじき煮を乗せたスプーンを口の中に入れられ、俺が口を閉じるとスプーンを俺の口の中から引き抜いてひじき煮を舌の上に乗せる。スプーンが完全に引き抜かれて舌の上のひじき煮を咀嚼する。味は甘めでしっかりしていて、人参や油揚げなど味が染みて大豆も味が染みていて且つホクホクで、こんにゃくは歯ごたえがあり、ひじきや蓮根はシャキシャキで美味しい。
「どうだ?」
「ン…。まぁ、悪くねぇよ。」
「そうか。」
するとまたスプーンでひじき煮を掬って俺の口に近づける。また口を開いて、入れられたら口を閉じて、スプーンが完全に引き抜かれたら咀嚼を始めて飲み込む。その繰り返しをしていると鏡が急に「フ。」と笑った。俺は顔をしかめて
「…何笑ってんだよ。」
少しキレ気味に言い放った。
───テメェが頑固で、抵抗すんのがめんどくせぇから素直に聞き入れてやってんのに。
「いや、可笑しくて笑ったのではない。ただ、貴様が他人の言うことを素直に聞いているのが意外だ、と思ったからだ。」
5年前の俺なら、他人の言う事を素直に聞き入れ行動していたが、あの出来事以来誰も信じられなくなって、"素直"なんて言葉とは縁遠い性格になって久しいのに、そんな事を言われたもんだから当てつけのように顔だけそっぽを向いて反論する。
「…フン、気のせいだ。ただテメェ相手に変に抵抗すんのが疲れるだけだ。」
「そうか。」
またそんな相槌を打つと、また掬ったひじき煮を近付けてきて、仕方なく向き直ってまた口を開けて、また繰り返し始める。
しばらく繰り返していると、飲んだ頭痛薬が効いてきたのか少しずつ頭の痛みが収まってきて、また掬って近付けようとしてたのを手のひらを突き出して制止し、上体をゆっくり起こしてる「ん。」と突き出した手のひらを今度は上に向けてスプーンを寄越すよう要求する。するとすんなりとひじき煮を乗せたスプーンを俺に寄越し、更にひじき煮が入ったタッパーを差し出してきたので、もう片方の手で受け取る。それからは自分の手で残りのひじき煮を食べていく。不意に視線を感じ、鏡を見る
「…んだよ、人の顔見て。何か付いてんなら言えよ。」
「…いや、違う。ただ美味しそうに食べるなと思っただけだ。」
───俺そんな風に食ってるか?
不思議に思いながらも、考えるのは無駄だと言わんばかりに
「そうかよ。」
と返事をして食事を再開する。また視線を感じたが今度は気にせず食べ続け、完食する。
「ごちそうさん。待ってろ、今タッパー洗って返すから。」
そう言ってベッドから起き上がろうとすると
「別にいい。それにまだ万全に動けないだろ、無理するな。」
ベッドの上に居ろ、と言わんばかりに制止され、仕方なく体を戻す。
「そろそろ行く。ゆっくり休め。」
そう言って鏡が椅子から立ち上がろうとしたが
「ッ…。」
咄嗟に鏡の腕を掴んで制止させた。
───嫌だ、行かないで。
何て言えばいいのか分からず、ただ無言で鏡の顔を見つめて腕を掴む。鏡は俺の方を見て目を大きく見開いて驚いていたが座り直して、掴まれている腕とはの反対の手で、腕を掴む俺の手を優しく包み込んだ。
「分かった。」
その言葉を聞いて、腕を掴んでいた手を少し緩め、その手をスルスルと下げて
───頼む、こういう時だけはお前を一人占めさせてくれ。
そう思いながら、鏡の指をキュッと握る。伝わったのか
「あぁ、分かった。」
と答える。
「喉は渇いていないか?」
と言ってまだミネラルウォーターがたっぷり入ったペットボトルを差し出してきた。また素直に受け取り、指を握っていた手を一度離して蓋を開けて喉の渇きを潤す。蓋を開けると、先程と同じ方の指を再び握る。
「そんな事をしなくとも、どこにも行かない。」
微笑み、俺を見ながら言う。
「いいだろ別に。どうしようが俺の勝手だろ。」
「…そうだな。」

7/21/2023, 1:17:51 PM