すゞめ

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 ある国の王子が魔女によって獣に変えられる。
 獣と少女が心を通わせてキスをして、獣は無事に元の姿に戻ることができた。
 見目に左右されず、偏見に立ち向かうことが真実の愛として描かれた有名な童話がある。

 だが、俺は……。

   *

 腹が立つほどエネルギッシュな蝉の鳴き声と、カーテンの隙間から差し込んできた強い西陽によって意識が覚醒していく。
 さらに、肌に触れた妙な感触に目を開ければ、視界いっぱいに彼女の顔面をとらえた。
 帰宅したばかりなのだろうか。
 メイクは落ちていたが、小さなポニーテールは元気そうに跳ねていた。

「……もしかして、寝込みを襲われるところでした?」
「あのね。帰宅直後にそんなことすると思う?」
「……」

 ……それは、風呂に入って飯を食って歯を磨いてキスをしたあとであれば、期待していいということなのだろうか。

「でも、起こしてごめん」
「いえ、さすがに惰眠を貪りすぎました」

 彼女の手にはタオルケットが握られていた。
 わざわざかけてくれようとしたのだろう。

 しかし、いくら俺の睡眠が不規則になりがちだとはいえ、時刻は既に夕方だ。
 起こしてくれてもいいのに。

「ちゃんとベッド行きなよ」
「今のは……お誘いということで?」
「当たり前に違うから。寝るならちゃんと寝ろって言ってるの」

 せっかく起きたのにもったいない。

 彼女の腕を引っ張り、俺の体の上に乗せた。
 小さくて、柔らかくて、温かい。
 いつからか、彼女は俺に委ねて全体重を乗っけてくれるようになった。
 ふたりで重ねた時間がそれだけ多くなった。
 
 彼女の頭頂部に鼻を寄せ、すぅううううううう、っと、幸せを吸い込んでいく。

「これが愛の重さですか……」
「え、重い? 太ったのかな?」
「は? 軽いですが?」

 太ったかどうかはさておき、彼女の重さは特に気にならない。
 服の下から手を滑らせて、筋肉質な肌を撫でた。
 ビクッと震えたあと、彼女は顔を上げて眉を寄せる。
 
「私の愛がペラいってこと?」
「足りてないのは事実ですね?」
「なんだとっ?」

 体重だったり愛だったり、ころころ変わる重さに面白おかしく言葉を交わしながら軽口を楽しむ。
 ついでに俺からの愛もわかってもらうために、彼女をソファの上にひっくり返した。
 俺も彼女の上に乗っかり、ゆっくりとじわじわと体重をかけていく。

「ちなみに、これが真実の愛です」
「ぐぇあっ。……そ、そんな真実いらない……」

 潰された彼女が苦しそうな声をあげた。
 逃げ出そうとする彼女を留まらせるために、ぎゅうぎゅうとしがみついて頭を抱え込む。

「俺の愛、けっこう強めなんで受け止めてくださいね♡」
「む、無理ぃ……ぶへっ」

 彼女の腕が力なく投げ出されたため、体を起こした。
 少し乱れてしまった前髪を、そっと整える。

「がんばって同棲まで追いつめたのに。無理とかそんなひどいこと言わないでください」
「追いつめたとか言うな」

 ため息をついたあと、彼女はトントンと俺の体を叩いた。
 暗にどけと訴えているのはわかるが、こんなもったいないシチュエーション、みすみす手放したくない。

「ね、重い……」
「受け止めてくださいって言いました」 
「え? ちょ、待って。私……んっ」

 形のいい彼女の唇にキスをした。
 怒られるから深くはならないように気をつけながら、浅く艶めいていく彼女の吐息を堪能する。

 俺は、真実だとか、そんな曖昧で不確かなものに縋る余裕なんてない。
 奥ゆかしい淑女の気持ちが向くまで待つことなんてできなかった。

 目の前に彼女がいるのに我慢なんてしたくない。
 気持ちを向けさせるために強引に周囲と彼女自身を囲い、言質を取ったらキスをした。
 勢いにまかせてなし崩して、時と情で愛を育む。

 真実なんて枕詞は、あとからつけ加えてしまえばいい。


『True Love』

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追記。

淡々と書いていこうと思っていたのですが、このささやかな交流が心地いいためご容赦ください。
この度、「書く習慣」アプリを始めて無事にひと月を迎えることができました。

みなさまの作品に刺激を受けたり、♡のみという程よい距離感の交流によって、モチベーションを維持し続けることができたと思っています。
本当にありがとうございました。

昨日の『またいつか』のお題も更新したことを重ねてご報告いたします。
アホに振りきらせていただきました。
少しでも楽しんでいただけたらうれしいです。

記録的暑さを更新している日々ですが、お気をつけてお過ごしください。
飽きっぽい性格のため、どこまで続けていけるかは未知数ですが、今後ともよろしくお願いいたします。
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7/24/2025, 3:31:14 AM