「……家、かな?」
君はしばらく悩んでから、真面目な顔でそう答えた。僕らは顔を見合わせて、それから「ズルじゃん」とケラケラ笑った。
季節は夏だった。
遅くなった帰り道、何人かの友達に手を振ったあと、たまたま同じ方向。いくつかの偶然が重なって、僕は今、君の隣を歩いている。
夏でも夜はすこしひんやりとして、吹く風が頬に心地よかった。
家に帰って布団に潜ったら、君は忘れてしまうような他愛もない話をいくつかして、そのなかの話のひとつだった。
「無人島にひとつ持っていくなら?」
よくある話題に君は真剣に悩んでくれて、その回答にふたりで笑い合う。
こんなことで、こんなに笑っちゃう。ちょっと悔しいのに、ずるいよ。息があがって空を仰ぐ。ああもう、月がきれいだ。
「無人島にひとつ持っていくなら?」
僕は言えなかった。
ずるいのは僕のほうさ。
すこし湿った夜の空気も、風に揺れてた草のにおいも、虫かカエルかわからない音色も、君の笑顔も、この熱も。
きっとずっと忘れないよ。
意気地がないから今日の思い出を切り取って、きっとずっと大事にして、いつか答えの代わりに持っていくよ。
「ただ君だけ」
5/13/2025, 9:59:32 AM