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これまでずっと

 新しい部下は純粋な意味での人間ではなく、多少撃たれても死なないとのことだった。
 人間と違って嘘が吐けず、人を安心させる言動ができるように設計されているという。
 確かに、よくできていた。
 子どもを安心させるのがひどく上手く、自分の苦手なこと(例えば釦をとめたり靴紐を結んだり)までまめまめしく手伝ってくれる。何をやらかしても、呆れた顔をされることはない。それだけでとても安心した。

 ある日、彼は自分を庇って怪我をした。ショットガンが二発、脛と側頭部にかすった。
「死なない?」
 彼のメンテナンスを担当するドクターは、「大丈夫ですよ」とだけ言った。
「頭の傷、禿げたりしない?」彼はとても綺麗な金髪の持ち主だ。
「パーツごと取り替えますから大丈夫です。可哀想ですが、民間人と警官の保護は最優先事項なので」
「…私はこんな怪我させたくないんだよ」
 自分は自分の意志で警官になった。でも彼は「そう作られている」だけだ。
「確かに、どこか平和なところで子どもか年寄りの世話をするのも向いていそうですね」
 世話をしてほしいのは自分だ、と言いそうになって気がついた。
 これまでずっと冷やかされてきたように、彼が(嫌ではないことを前提に)自分の面倒をみてくれたら、そうしたら、毎日がもっといいものになりそうな気がする。
「参考までに聞きたいんだがね」
 この子を買い取るにはどうしたらいいの?
「…私は値段をつける立場じゃありません。ですのであくまで参考までに申し上げますが、この傷の治療費は…」
 なかなかの金額だった。義父の遺した財産を全て横領しても買い取るのは難しいだろう。
「ただ、買取希望の方が政府にとって極めて重要な情報を持っている場合、取引材料にはなるでしょうね」
 例えば、非常に希少な疾患とか。

 治療を終えた彼は眠っている-正確には、一時的に機能を停止している。
 断られたら諦めるが、とりあえず準備はしておこう。自分のために怪我をするのはもう見たくない。
 自分はきっと、これまでずっと淋しかったんだな、と初めて思った。


 目を開ける。
 眠っていた訳ではないが、何となく新しい気持ちになる。
 腕の中で彼が眠っていて、黒い髪が寝息につれてかすかに動いている。
 起こして(これが大変なのだ)、シャワーを浴びて、朝食を食べさせ、身支度を手伝う。
 手がかかるのは事実だが、同僚の人間たちに言われるように搾取されている訳ではない。
「ん」今日はすんなり起きてくれた。
 彼が深緑の目を開けると、体から余分な力が抜けるのを感じる。多分、人間の言う「安心」とはこういう感覚なのだろう。
 作られた存在である自分には「これまで」がない。
 ただ、これからずっとこの生活が続くなら、自分にも「これまで」が積み重なっていき、きっと人間の言う「幸せ」がわかるのではないか、そう思っている。

7/13/2024, 2:56:25 PM