薄墨

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大切な人を庇って死ぬというのは、大切な人にとって、酷いことだ。
遺された人は、自分が死因となったことを苦しみ、救われたことに苦悩しながら生きていかなくてはならないから。

よく、口説き文句で、「命を賭けて君を守る」なんてのがあるが、本当にやられたら、その人のその後の人生には一生苦悩がついて回る。

大切な人を「命を賭けて守る」ことは、実は一番、自己中心的で、酷いことなんだと思われる。

だから、大切な人を庇って死ぬ、なんて、本当はやってはいけないのだ。
大切な人を庇うのなら、きちんと生還しないといけない。
そうしないと、大切な人に一生残る傷を負わせることになるから。

生き延びる自信がなきゃ、庇ってはいけないのだ。

君に向かってアイツが、斧を振りかぶって突っ込んできた時、僕は本当は逃げなきゃいけなかった。
「あなただけは生きて!」君はそう言ってくれたのに。

僕は君が死ぬのが耐えきれなかった。
逃げ出すことができなかった。
そして傲慢だった。

僕は君を庇ってしまった。
君の死に顔を僕が見たくないばっかりに。
斧で切り付けられて生き延びる自信なんてなかったのに。

切り付けられて倒れた僕に、君は泣きながら駆け寄った。
だから考えなしに庇うのはダメだったのだ。
アイツは容赦なく斧を振るった。

僕は…
僕は、なんて罪深いことをしてしまったのだろう。

僕を抱き抱えて、泣きながら、斧に今打たれようとする君に、僕は…僕は…

「「ありがとう。ごめんね」」

僕が絞り出したのとおんなじ言葉を、君が言った。

僕は余計に悲しくて、自分を呪った。

泣いている君の顔。
その奥に斧を振りかぶるアイツの、醜い形相が見えた。

12/8/2024, 11:06:14 PM