琥珀

Open App

「バカみたい」

 あの日と同じ、春のなかを歩いていた。

 卒業式のあとに、一緒に歩いた帰り道。昨日も今日も、これからも、なんら変わりないというように、私たちは歩いた。実際、高校だってそのまま地元の高校に入学するのだから、その通りだ。それでもあの日、私の気持ちが揺れていた。春に浮かれた私は、ただ少し前を歩く滝の背中を見つめているだけだった。

 高校の三年間はあっという間に過ぎた。早起きの私。朝の弱い滝。部活がない日一緒に帰る夕方。それで十分だと、思っていた。

「そういや、3年間、1回もマキと朝会わなかったなー」

「律と違って私はずっと朝型なの」

「うそつけー!中学の頃はショートのくせに寝癖つけてたし!」
 滝は日に透けたブラウンの髪をくしゃくしゃしてみせた。あの日に重なるからだろうか。律があの日から変わらないままだからだろうか。言葉にできないけれど、悲しみに近いものが溢れて止められそうにない。律、違うよ、律はなにも分かってないよ。

「私も名前で呼んでほしくて、名前呼びにして、髪も伸ばして早起きしてさ…でも今日まで、女の子だって思ってもらえなかったよ」
 どうして、どうして今日、言ってしまったんだろう。律が止まったのが分かった。分かったけど、振り返られたら、顔を合わせる勇気なんてない。

「…バカみたい。マキのことを考えたら、理由がないと何もできなかった。名前を呼ぶのも、一緒に帰るのも。理由はとっくにあったのに。牧が特別なんだ、俺には」

 結局、律は振り返らずにまた歩き出した。私は靴底が地面に吸われるように、その場から動けなかった。なのにどくどくと鳴る心臓が私を一歩前に突き出そうとする。

「行くよ、こころ」

 私は律の隣をめがけて、走った。
 そこに理由なんてなかった。

 

3/23/2026, 12:06:13 AM