146.『安らかな瞳』『星が溢れる』『怖がり』
昔々、ある所に大変怖がりな男、通称『コワ造』がいました。
どれほど怖がりかと言うと、犬が吠えれば「オオカミが来る」と騒ぎ立て、海を見れば「日本は沈没する!」と怯え、まんじゅうを見れば「まんじゅう怖い」と叫ぶ……
とにかく病的なほどの怖がりでした。
こんな様子ですから、近所の人々からは嫌われていました。
何かあると騒ぎ、何もなくても騒ぐ。
その度に安眠を妨害される村人たちは、多大な迷惑を被っていたのです。
「怖がるのを辞めて静かにして欲しい」と、話し合いを持たれていた時期もありまたが、言葉だけで恐怖を克服できれば苦労はしない。
その後もコワ造は突拍子もない絶叫は止まらず、もはや人々は我慢の限界でした……
ある日のこと、村人たちは集会所に集まりました。
議題は言うまでもなく男の処遇についてですが、既に結論は決まっていました。
「もう限界だ。
あいつを村から追い出そう」
満場一致でした。
そうと決まれば、あとは追い出すだけ。
ですが、それが問題でした。
「そもそも、なぜコワ造はあの家に住み続けているのだ?
あれほど臆病なら、家を捨てて逃げ出してもよさそうなものだが……」
これには誰もが首を傾げましたが、一人の男が手を挙げました。
「以前アイツから聞いたんだが、家にいるととても落ち着くんだそうだ。
外は怖いものだらけだが、あの家はアイツにとって聖域、安住の地なんだろうよ」
男がそう言うと、村のリーダーは頷きました。
「なるほどな。
ならば方法は簡単だ。
ヤツの家を『怖いもの』であふれさせてやろうではないか!」
方針は決まりました。
『怖がりのコワ造をもっと怖がらせる』
村人たちは各々の準備のため、足早にそれぞれの家へと戻りました。
その日の晩、村人たちはお化けの格好をして、コワ造の家の前に集まっていました。
この姿でコワ造の家に押し入り、腰を抜かすほど怖がらせようという魂胆でした。
「早く行こう。
こんなに星がよく見える夜は、『星が溢れる』と言って騒ぎ出してもおかしくない」
その言葉を合図に、村人たちはコワ造の家に押し入りました。
「うぎゃああああ!!!」
そして家中に、叫び声が響き渡りました。
驚かせる側だったはずの、村人たちの叫び声でした。
「うぎゃあ」「ひいいいい」「お助け!?」
ある者は泣き始め、ある者は逃げ出し、ある者は失禁しました。
そして腰を抜かして動けない村長が、震える声で呟きました。
「なんだ、これは……」
そこには想像を絶する光景が広がっていました。
壁一面に飛び散ったドス黒い血、床には打ち捨てられた無数のガイコツ、窓にくっきりと残っている血の手形。
そして天井には、こちらを呪い殺さんとばかりに睨んでくる顔の形をした染み……
そこは紛れもない幽霊屋敷でした。
何も知らないでやってきた村人たちは、心の準備もなくその惨状を目にし、ただ怯えるばかりでした。
「何の騒ぎだ」
家の奥から、のっそりと男が姿を現しました。
コワ造です。
ですがコワ造は、これほど凄惨なものに囲まれているというのに、全く怖がる様子がなく、それどころか見たことがないくらい穏やかな顔でした。
それを見た村長は驚愕し、コワ造を問い質します。
「お、お主……
これが怖くないのか!?
怖がりと言っていたのは嘘だったのか?」
村長が叫ぶと、コワ造は安らかな瞳で村人たちを眺めながら言いました
「いいや、怖いとも。
怖くて怖くて怖すぎて……
――一周回って、逆に落ち着くんだ」
3/21/2026, 10:20:06 AM