「やれよ、お前の番だろ」
「できない……できないよ、お兄ちゃん」
お兄ちゃんは呆れたようにため息をついた。
「またかよ。やろうって言い出したのはお前だろ」
「……だけど、怖いんだもん」
私は手にしていた短剣をテーブルの上へ落とした。カチャっと音が鳴る。
「ふざけんな、ここまできて止めるとか言うなよ」
お兄ちゃんは短剣を拾い上げると、私の手に押し付ける。
「う、うぅ……」
「ほら、しっかりしろ、思い切って刺すんだよ」
「だめ、心臓がドキドキして、手が震えちゃう」
「あとちょっとで終わりだ覚悟を決めろ」
私は深呼吸をして短剣をきちんと持ち直した。
「……やるね」
お兄ちゃんはいつも勝負どころでやるように、くるりと首を回して言った。
「よし、やれ」
ゆっくりとゆっくりと、緑色の短剣を樽に空いた穴に差し入れた。カチリ、奥に嵌った感触がする。
みょ〜〜んとバネの音とともに、眼帯をした海賊の人形が飛び跳ねた。
「きゃあっっ!!」
思わず悲鳴を上げてしまった。心臓を押さえるとバクバクいっている。
「はぁーー、この『〇〇危機一髪』。最初はいいけど後半になるにつれてひと刺しごとに緊張するよね」
「結構スリルあるよな」
「楽しかったでしょ? 今のはノーカンでもうひと勝負しよ?」
「だめだよ、オレの勝ち!」
「私の負け〜? やだっ」
「お前がトランプやオセロじゃ負けるから、このゲームがいいって言ったんだろ。もうお終い」
「ちぇーー」
口を尖らしてお兄ちゃんを見たけど、譲る気はないみたいだ。
「分かったよ、さっさとやっちゃって」
私はテーブルに置かれたナイフをお兄ちゃんに渡した。今度はプラスチックじゃなくて、ちゃんと本物の刃物だ。
「んーー!! ンーー!!」
部屋の隅で様子を窺っていたお父さんが何か言っている。手足を縛られて猿轡を噛まされているから、くぐもった声しか出せないけど。
「私だってずーっとコイツに殴られてきたの。勝負だから最初のひと刺しはお兄ちゃんに譲るけど、ちゃんと交代交代にしてね」
「分かってるよ」
お兄ちゃんが笑いながら立ち上がって、お父さんのほうへ近づいていく。私もそのあとに続いた。
「んーー!!」
お父さんは涙目で首を振る。
悲しみ、哀れみ、躊躇い、罪悪感。
残念だけど何にも感じない。私もお兄ちゃんも、お父さんを見る時は心を消してきたから。
お父さんに頭を撫でられたこと、肩車をしてもらったこと、遊園地に行ったこと──なんていうような、思いとどまらせるいい思い出も何ひとつない。
それはお兄ちゃんも一緒だから、止めようかなんて言い出す様子はない。いつも通り穏やかな笑顔を浮かべている。そして首をくるりと回して言った。
「さぁ、次のゲームを始めようか」
#11 2023/11/12 『スリル』
11/12/2023, 1:02:57 PM