〜鏡〜
「俺がこの世で一番嫌いなものって鏡なんだよね。」
高校の時に友達が言っていた印象的な言葉だ。
彼は決して顔が悪くなく、むしろ整っていた。スタイルも良かったため、私は疑問に思い、「別に見た目悪くないのに、なんでそんなこと思うの?」と素直に聞いてみた。
すると、「いや、別に見た目の良し悪しじゃなくて、自分の姿をそのまま映されると、その自分の姿に見合う言動を無意識のうちにしようとしちゃうんだよね。自由度が無くなるというか、小さく収まるというか……。別に鏡に悪意はないことは分かっているんだけど、それもモヤモヤするんだよね。怒り、とまではいかないけど……そういった感情の矛先を鏡に向けようと思っても、鏡はただそこに存在しているだけだし。だから俺はなるべく鏡を見ないようにすることにしたんだ、」
彼がそんなことで悩んでいたことに対して、どこかかわいさを感じた。気持ちは分からなくもないが、そんなことで鏡のことをこの世で一番嫌いになれるエネルギーに、ある種の子どもらしさを感じたからかもしれない。
また、そんな彼の話を聞きながら、鏡に縛り付けられる彼を想像して思わず吹き出しそうになった。
彼がそんな私を見て不思議そうな表情でこちらをのぞいてくる。
私は再びかわいいと思った。その表情はもちろん、鼻の穴からピョンと出ている毛がマヌケだったからだ。
「どうしたの?」と彼は戸惑いを隠せない様子で私に聞いた。
「いや、別に何ともない」と私は答えた。続けて、「でも、鏡は多少見たほうがいいかもよ。悪いことは言わないから。」と言った。
「だからさー、俺は鏡が嫌いなの。」
そう真面目に答える彼をからかうように伸びている鼻毛を見て、どこかいじらしい気持ちになる。
「じゃあ、やっぱり鏡は見なくてもいいかも!」
鼻毛が伸びているマヌケな様子がとても可笑しいから、もうしばらくこのままにしておくことにした。彼には悪いが。
8/19/2024, 8:12:33 AM