天津

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花束

「先生、1年間ありがとうございました」
卒業式後の謝恩会、最後の一幕。サプライズとして用意していた色とりどりの花束を、眼鏡の女生徒が教師に手渡した。
教師は、体育教師然とした体躯に似合わぬ当惑した素振りを見せつつ「ありがとう」と言い、これはまた物凄くカラフルだ、とためつすがめつ見た。
「これ、3−Aひとりひとりが1本ずつ花を選んで持ち寄って、束ねたんです」
女生徒は誇らしげに言った。彼女が発案者だった。
教師は突然目頭を押さえて震え始めた。それから声も震わせながら「みんな、みんな本当に…」と言い、言葉を詰まらせた。間を空けて、盛大な拍手が貸し切りの会場を満たした。いいサプライズができた、と女生徒は手を強く握った。

何だこの茶番は。
茶髪の生徒は、拍手しながら冷ややかに見ていた。
それに拍手なんて、また悪趣味なことを。
拍手を始めた坊主頭の生徒に目をやると、彼はにやにやと笑って横の生徒と話していた。
委員長には悪いけど、とキメラのような花束の中身を見つめる。黒いバラ、黄色いカーネーション、クロユリ、スノードロップ…花言葉を知っていれば卒倒しそうなラインナップだ。
あの無骨で無神経な先生はついぞ気づかないだろう。花束の意味も、クラスの大半の生徒にどう思われていたかも。
残酷なことをしているのはわかっていた。しかし、実害はないし本人に伝わらないのだから、これくらい許されるはずだ。そう、だから、あいつもそうすればよかったのに。
茶髪の生徒は、端のテーブルで縮こまっているおかっぱの生徒を見遣った。本当になんで、バラなんて持ってきたの?

「みんなの大事な仲間について、一つ話があるんだ」
そういって先生がホームルームで話し始めたのは、私が同性愛者であるということと、変わらず仲良くしてほしいということだった。
頭が真っ白になった。朦朧として家に帰って、吐くように泣いた。
なんであいつが知っているんだ。前の女の担任に相談したことがあったから、たぶんそこから聞いたんだ。
親身で信頼できると思っていた前の担任に裏切られたのもショックだったが、何より考えなしに暴露した先生のことは許せなかった。むしろそれまで、なんの滞りもなく生活できていたというのに、なんて余計なことをしてくれたんだ。
その後の学校生活がどうなるかは火を見るよりも明らかで、実際私は孤立していった。さいわい、いじめなどはなかった。しかし、話そうとすると壁を感じるし、裏でなにか噂されているというのは肌で感じ取れた。先生はいいことをしたと確信しているようで、たびたび調子はどうかと訊いてきた。憎悪の感情は日に日に強くなった。
いま、先生の抱える花束の、中心に咲く一本の赤いバラ。あれがどういうものかは誰も知らない。あの花びらの奥に、毒蜘蛛の卵嚢が仕込まれているなんて、誰も夢にも思わない。

2023/02/10

2/10/2023, 9:49:18 AM