《つまらないことでも》
彼が熱を出して倒れた。
その前の日、私は自分のつまらない混乱で彼を困らせてしまった。
私を大切にしたいなんて、言われると思わなかったから。
今まで礼儀正しく扱ってくれたのだって、真面目な彼の義務感からだと思っていたから。
だから、素直に受け取れなかった。
そのせいで、彼に謝らせてしまった。
混乱から一晩泣き明かしていた私を待ち続けたせいで、彼に負担を掛けてしまった。
熱に浮かされながらも、彼は看病をしている私に謝っていた。
ごめんなさい、と。
看病するのなんて、当たり前なのに。
謝らないといけないのは、私の方なのに。
その上、置いて行かないで、と私の手を取って言った。
傍にいて。そう言ってくれた。
そんなの、答えは決まってる。
毎朝のおはよう、毎晩のおやすみ。
同じ食卓に着いて、同じご飯を食べる。
毎日一緒に歩きながら、何てことのないおしゃべりをする。
読んだ本の感想を言い合ったり、時にはどこかでお茶を飲んだり。
他の人達には何気ないことかもしれない。つまらない日常かもしれない。
それでもあなたと送る日常は、私にとっては何物にも代えがたい大切なものだから。
私の方こそ、困らせてごめんなさい。
謝らせてごめんなさい。
私の方こそ、あなたの傍にいさせてほしい。
あなたが望んでくれるなら、一千年の時を超えても。
私はずっと、あなたのことが…。
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鳥の声が聞こえる。
ぼんやりした意識の中、瞼の上から朝日が差し込むのを感じる。
耳の上側に雫が降りて、自分が仰向けに眠りながら涙を流しているのに気付いた。
いつの間に私はベッドに戻っていたんだろう。
彼の熱は引いたのかな。大丈夫かな。
すると、その涙の雫を拭うようにするりと眦に誰かの指が触れる。
そしてそのまま、髪を梳くように頭を撫でられる。
その手付きは、凄く優しくて心地好くて。
それがとても嬉しくて目を細めると、瞼に残っていた涙がまた一粒零れた。
うまく目覚めない意識の中ゆるりと頭を横に向け目を開くと、そこにはすっかり熱が引いたのか顔色も良くなっている彼が、心底嬉しそうな表情で微笑んでいた。
8/4/2024, 1:01:58 PM