これは、むかぁしむかし、あるひとざとはなれたもりのなか。ちいさなむらにまよいこんだ、おとこのこのおはなし。
おとこのこのすんでいるむらは、けっしておかねもちではありませんでした。おとなたちはまいにちひっしにはたらき、みちばたのこいしていどのおかねをすこしずつたくわえながら、しっそなせいかつをおくっていました。
おとこのこはまだおさなく、そだちざかりだというのに、まんぞくなごはんもあたえてもらえず、ひもじいおもいをしてすごしていました。
そんなあるひのことです。おとうさんとおかあさんがしごとをしにいっているあいだ、おとこのこはいつもどおりいえのちかくでひとりであそんでいました。きょうは、おとこのこのあたまとおなじぐらいのボールをつかってあそぶことにしました。
ボールをりょうてでもち、いえのかべにぶつけてはキャッチし、ぶつけてはキャッチし。うごけばそれだけおなかもへってしまうのですが、おとこのこはいえのなかでじっとしていることはたいくつなのできらいでした。
きょうのごはんはなんだろう。またてのひらぐらいのパンと、やさいがひとつしかはいっていないスープなのかな。
よるごはんにおもいをはせていたおとこのこのおなかが、グゥ〜、とおおきなおとをならしました。
それにきをとられてしまったのか、おとこのこのてもとがくるい、ちからかげんをまちがえてなげてしまったボールは、かべにはねかえったあと、おとこのこのあたまのうえをはるかにこえたさきでぢめんにちゃくちし、コロコロところがっていきます。
「わぁ! まって!」
おとこのこのすんでいるいえは、すこしこだかいばしょにたっていました。しゅういをなだらかなさかみちにかこまれていることがわざわいし、おとこのこのてをはなれたボールは、まるでじゆうをえられたことをよろこぶかのように、コロコロコロコロと、とまることなくさかみちをかけおりていきました。
おとこのこは、おおあわてでボールのあとをおいます。いくら「まって!」とこえをかけても、ボールがとまってくれるようすはありません。ころがりつづけるボールをひっしのおもいでおいかけていたおとこのこは、じぶんがいえからだいぶはなれたばしょまできてしまっていたことにきがつきました。
キョロキョロとみまわすと、ながいさかみちのたびをおえたボールは、おとこのこがたつすこしさきのばしょでとまっていました。おとこのこはボールのもとへかけより、しっかりとりょうてでボールをだきかかえました。
ホッといきをはいたおとこのこでしたが、ふとよこをみると、くらく、ふかいもりが、そのさきにひろがっていました。おとこのこは、おとうさんやおかあさんがいっていたはなしをおもいだします。
『ふもとのもりにはぜったいにはいるなよ』
『あのもりにはこわいひとたちがすんでいるから、ちかよったらだめよ』
きっとこのもりが、ふたりがはなしていたもりなのでしょう。いままでこれっぽっちもきにしていなかったのに、じっさいにもりをめのまえにしたおとこのこは、なかにはいってみたくてたまらなくなりました。さいわい、そらはきれいにはれわたり、たいようがあたまのうえでまぶしいひかりをはなっています。
──ちょっとだけはいって、ちょっとだけたんけんするぐらいなら、だいじょうぶ。
ゆうわくにまけたおとこのこは、ボールをかかえたままもりのなかへとあゆみをすすめていきました。
すこしあるいたじてんで、おとこのこはすでにこうかいしはじめていました。もりのなかは、おとこのこがそうぞうしていたいじょうにくらかったのです。せのたかいきがたくさんおいしげり、まうえにあるはずのたいようのすがたがまったくみえないのです。そのせいか、もりのなかはすこしはだざむく、よけいにうすきみわるいふんいきをかもしだしていました。
──どうしよう······もうかえろうかな。
おとこのこがそうかんがえはじめたころのことです。おくのほうに、なにかあかるいものがみえてきました。もしかしたら、でぐちかもしれません。そうかんがえたおとこのこは、そのひかりをめざしてはしりだしました。
そうしておとこのこはうすぐらいもりをとおりぬけ、ひかりのもとへとたどりつきました。······おとこのこは、めのまえにひろがるこうけいにめをまるくしました。
そこには、むらがありました。もくせいの、じょうぶそうないえがいくつもたっていて、すこしむこうのほうにはおおきなはたけなんかもみえました。
おとこのこがたいようのひかりだとおもっていたものは、むらのちゅうしんでもえさかるきょだいなひばしらで、ゴオォ、ボオォ、とほのおがおおきなおとをたてながらメラメラとちからづよくもえています。ちいさくほそいこえだもパチパチとおとをならし、じぶんもがんばっているぞ! ということをひっしにつたえているみたいでした。
なにげなくうえをみあげたおとこのこは、ビックリしました。あかるいばしょにでられたことで、もりのなかからだっしゅつできたとおもっていたおとこのこでしたが、ここはまだ、もりのなかだったのです。ここまでのみちのりとおなじように、きぎのはっぱがそらをおおいかくし、たいようのひかりはとどいていません。つまりこのむらのひとたちにとってのたいようは、このほのおなんだということにきがつくのに、じかんはかかりませんでした。
ぼんやりとほのおをながめていると、はたけのほうからひとりのむらびとがかえってきました。おとなのおとこのひとでした。そのひとはおとこのこのそんざいにきがつくと、むごんでしばらくめをまるくしていましたが、すぐにおとこのこのほうにちかづいてきて、きさくにはなしかけてきました。
「こんにちは。まいごかな?」
おとこのこはひっしにくびをたてにふり、コクコクとうなずきました。おとこのひとはこたえをきくと、ウーン、とかんがえこむようなひょうじょうをしました。
「たぶん、もりのそとのこだよね? おくりかえしてあげたいのはやまやまなんだけど······」
おとこのひとがそこまではなしたとき、ほかのいえよりもおおきなつくりのおやしきから、ひとりのおばあさんがでてきました。
「はなしはきかせてもらったよ」
「ちょうろう!」
おとこのひとは、おばあさんのことを「ちょうろう」とよび、ふかくふかくおじぎをしていました。このむらのえらいひとなんだな、とおもったおとこのこは、おなじようにおばあさんにむかっておじぎをしました。
「ぼうやにはわるいが、このむらにはこのむらどくじのおきてがあってね。なぁに、そんなにこわがるようなもんじゃない」
おばあさんはおとこのこのほうへあるいてきながら、せつめいをしてくれます。
「そとからきたものは、なにかわるいものをつれてきているかもしれない。そとのびょうき、そとのよごれたくうき、そとのいまわしいにんげんのよく······そういったわるいものが、このむらでわるさをするかもしれなくてね」
おばあさんはためいきをひとつはき、めをとじて、むかしのはなしをしてくれました。
「······まえにも、そとのにんげんがこのむらにまよいこんできたことがあった。わしのひいばあちゃんだか、ひいひいばあちゃんだか、それぐらいむかしのはなしじゃ。くわしいことはふせるが、ぼうやにもわかりやすくはなすなら、そのにんげんのせいでこのむらにわざわいがおきた。むらのものがなんにんも、なんにんも、しんでいった。だから、こんごにどとそんなことがおきないようにと、ごせんぞさまたちはおきてをつくってくださった」
「······ぼくは、なにをすればいいの?」
おばあさんがはなしたないようは、おとこのこにとってはひじょうにショッキングなもので、むかしこのむらにきたにんげんのようにはなりたくない、とこころのそこからおもいました。ここにすむたくさんのひとをしなせてしまうなんて、そんなかなしいこと、かんがえたくもありませんでした。
なくのをがまんしながらおばあさんをみつめれば、おばあさんはニッコリとわらっておとこのこのあたまをなでてくれました。
「しんぱいせんでもええ。こわがるようなもんじゃないって、さっきはなしたじゃろう?」
「でも······」
まだふあんそうなかおをしたおとこのこに、こんどはおとこのひとがよりそい、ポンとやさしくおとこのこのかたをたたきました。
「だいじょうぶ。ほんとうに、こわいことなんてなにもない。きみはただ、みっかかん、ここでむらびとたちとおなじようにすごせばそれでいいんだから」
「おなじように、すごす······?」
「そう。おなじようにしごとをして、おなじようにしょくじをして、おなじようにねて、おなじようにいのりをささげる」
「そうすることでな、かみさまのめをあざむくんじゃよ。このものはそとからきたものじゃありません、もともとこのむらのものです、ってのう」
おばあさんは、おおきくたちのぼるほのおをみあげ、いいました。
「そうすれば、おまえにも、むらにも、なにもわるいことはおきん」
おとこのこははなしをききおえ、すこしだけなやんでしまいました。ここでみっかかんすごすということは、みっかかん、いえにかえれないということです。おとうさんとおかあさんが、かえってこないじぶんをしんぱいするかもしれません。かえったとき、たくさんおこられてしまうかもしれません。
それでも、おとこのこはきめました。このむらでみっかかんすごすことを。やっぱり、こんなにやさしくしてくれるこのむらのひとたちをふこうになんてしたくありませんでした。
「ぼく、みっかかんここでくらします。······じゃなくて、みっかかん、ここにすませてください」
よろしくおねがいします、とあたまをさげると、おばあさんはやさしいわらいごえをあげました。
「ホッホ、ぼうやはほんとうにええこじゃのう。だいじょうぶじゃ、きっとかみさまはおゆるしくださるからの」
おとこのひともかいかつにわらって、いいました。
「そうときまれば、こんやはうたげだな! みんなにしらせてきます!」
そうしておとこのひとは、はたけのほうへはしりさっていきました。「おぉーい! こんやはうたげだぞー!」とこえをはりあげながら。
そうしてそのよる、おとこのこをかんげいするうたげがかいさいされました。ふだんはみんな、それぞれのいえでごはんをたべるそうですが、うたげのときにはむらのちゅうおうのほのおのまわりへあつまり、むらびとぜんいんでいっしょにごはんをたべるそうです。
そしてだいじなのは、ごはんをたべるちょくぜん。じめんにすわり、ほのおにむかってせなかをおりまげ、つちにおでこをこすりつけながらふかくおじぎをするのだと。これは、かみさまへのいのりのぎしきだといいます。おとこのこも、みようみまねで、ほのおにむかっていのりをささげました。
うたげはきょうからはじまり、みっかかんつづくそうです。こうやってむらびとがたのしそうにしているようすをかみさまにみてもらい、そとのものなんていませんよ、とあぴーるをするのだそうです。
うたげででてきたりょうりは、いえでたべていたものとはくらべものにならないほど、ごうかでした。
「わぁ! すごい!」
おもわずそんなかんそうがとびだしてしまうぐらい、おとこのこはかずかずのりょうりにかんどうしてしまいました。
きけばこのむらでは、みんなでいっしょにきょうどうのはたけでやさいやこくもつ、くだものなどをそだて、しゅうかくしたものはいっかいむらにほうのうする、というかたちであつめられ、そのご、あらためてそれぞれのいえにきんとうにわけあたえられるのだとか。
むらびとたちは、まるでぜんいんがおなじちをひくかぞくのように、いったいとなってくらしているのだと。だからこそみんなびょうどうで、ゆうれつもうまれず、へいわをたもっていけているのだと。むらのおとなたちは、しあわせそうにわらいながらおとこのこにせつめいしてくれました。
「わぁ! すごい!」
それは、おとこのこがすんでいるむらではけっしてじつげんされそうにもない、りそうてきなむらのすがたでした。こどもも、いろいろなとしごろのこがたくさんいましたが、だれひとりふしあわせそうなかおをしているこをみかけませんでした。じぶんのようにガリガリにやせているこもいませんでした。こんなにごうかでえいようたっぷりのごはんをまいにちたべていれば、とうぜんのことです。おとこのこは、このむらにすむこどもたちのことを、じゅんすいにうらやましいとおもいました。
このみっかかんは、ちょうろうのいえにとまらせてもらえることになりました。そしてあさごはんをたべたあと、きょう、さいしょにあったあのおとこのひとがむかえにきてくれて、はたけしごとのやりかたをおしえてくれるよていだといわれました。
いつぶりかわからないぐらいひさしぶりにおなかがいっぱいになるまでごはんをたべ、まんぷくかんをえることができたおとこのこは、いつもよりはやいじかんにぐっすりとねいってしまいました。
······ふいに、おとこのこはめがさめました。とじたままのまぶたのむこうが、みょうにまぶしいきがしたからです。もうあさか、とおとこのこはおもいました。あさごはんをいただいたら、きょうはがんばってはたけしごとのおてつだいをしなくちゃ。そうおもいながら、ゆっくりとまぶたをあけました。
「わぁ!」
めをあけたおとこのこはあまりのことに、おどろきのこえをあげました。なんとおとこのこは、あしくびをまとめてしばられ、てくびもせなかのうしろでひとつにしばられ、あたまをじめんに、あしをそらにむけたさかさまのじょうたいで、あのおおきなほのおのうえにつるされていたのです。
パニックになり、おとこのこはまわりをみわたしました。ねるまえまでいっしょにごはんをたべていたむらのひとたちは、あのしあわせそうなえがおとはまぎゃくの、きょうきにあふれたようなかおでおとこのこをみあげ、わらっていました。
おとこのこがぼうぜんとそのこうけいをみつめていると、なんと、じょじょにおとこのこのからだがしたへ、したへ······つまりは、ほのおのほうへと、ジリジリとさがっていきます。
「わぁ! どうして!?」
わけがわからず、おとこのこはわめきます。むらびとたちはあいかわらず、きもちのわるいえみをうかべています。なかには、したなめずりをするひとまでいました。そこでおとこのこは、ようやくきがついたのです。······ぼく、たべられちゃうんだ!
なわからのがれようとからだをバタバタうごかしますが、そうとうきつくしばられているらしく、おとこのこのかよわいちからでは、なわをどうすることもできません。
おとこのこは、どんどんせまってくるほのおをまえに、おとうさんとおかあさんのかおをおもいだしていました。
あのとき、もりになんてはいらなければよかった。おとうさんとおかあさんのいうことを、きちんとまもっていればよかった。おとうさん、おかあさん、ごめんなさい。
そんなこうかいがぐげんかしたかのごとく、おとこのこのからだをほのおがブワリと、いっしゅんでまたたくまにつつみこみました。
「わぁ! わぁ゙あ゙あぁぁ゙ああぁ゙ああ!」
みのけもよだつような、おとこのこのだんまつまがむらじゅうにひびきわたりました。
そうしてしばらくほのおであぶられたおとこのこは、さっきとはぎゃくにうえへとからだをもどされます。したでなわをにぎりしめていたおとこがおもいっきりそれをひっぱりはじめました。ギィギィとみみざわりなおとをかなでながら、おとこのこのからだはよこのほうへいどうさせられ、すこしたかいいちのあしばにたいきしていたおとこが、おとこのこをつるしていたなわをナイフでブチリと切りました。おとこのこのからだは、じゅうりょくにしたがいそこからおちていき、グチャリ、とじめんにたたきつけられました。しぜんとそのまわりにはひとだかりができていき、よろこびなのか、それともくるっているのかはんだんのつかないかんせいをあげながら、ひさしぶりにありつける“にく”のあじをそうぞうしては、おどりくるいつづけました。
「ここはね、ほんとうにいいむらなんだよ、ぼうや。むらびとたちはほんとうのかぞくのようになかがいいし、さくもつにもめぐまれている。ただねぇ······ひとつだけ、けってんがあったのさ」
むらびとたちがむらがるちゅうしんちからすこしはなれたばしょで、ひとりたたずむろうばは、もうものいわぬからだとなったおとこのこにむけ、かたりかけます。
「それはねぇ、“にく”がとれないってところだ。このもりでどうぶつをみかけることなんてめったにあるもんじゃない。じぶんからフラフラとまよいこんでくるやつなんて、なおさらだぁ。だから······」
ろうばはめと、それからくちもとを、きれいなみかづきのようにしならせ、まんぞくそうにわらいました。
「ありがとうねぇ、ぼうや。このむらにきてくれて」
そう。このむらは、ひとくいたちがあつまるむらだったのです。このおとこのこのように、ふこうにもこのむらにたどりついてしまったにんげんは、もっともらしいせつめいをされ、むらにとどまったのち、こうしてだまされてむらびとたちのしょくりょうにされてしまうのです。わぁ! こわい! これにはよんでるみんなもビックリだよね!
よいこのみんなは、おとうさんやおかあさんのいいつけを、きちんとまもっているかな? まもっていないと······ぼくみたいに、なっちゃうかもしれないよ?
······なんてね!
1/26/2025, 3:34:22 PM