ぽんまんじゅう

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〈君と飛び立つ〉
〈なぜ泣くの?と聞かれたから〉
〈足音〉
〈終わらない夏〉
【最近書いていなかったので、無理矢理まとめてみました】


 かつては緑豊かだったというこの土地も、今は荒地となってしまった。突然の気候変動により、夏以外の季節はたったの数年で消えてしまっていた。川は干からび、作物は枯れ、人々は遠くに越すか村と運命を共にした。小さな民家は砂に飲まれた。
 彼は変わり果てた故郷を一人歩いていた。出稼ぎの間に連絡の途絶えた妻を探す為だった。村に戻れば彼女の居場所が分かるかもしれないと思ったのだ。
 砂嵐が遠くで唸り声を上げている。突然背後にザクッ、ザクッという音が聞こえてきた。もう何日も聞いていない、人間の足音だった。しかし、彼が振り返った瞬間足音は消え、目の前には砂漠のみが広がっていた。気のせいだったのだろうか。だが、再び歩き出すとまた足音は聞こえてきた。後ろにはやはり人はいない。彼は気味が悪くなり耳を塞いで足を速めた。
 それから数十分歩いた頃、ようやく探していた建物を見つけた。「記録の塔」だ。一、二階は砂に埋もれていた為、最上階の三階の窓から部屋に入った。中には顔ぐらいの大きさの石板がずらりと並んでいる。全部記録だ。村で起こったことは全て「すべてを見る者」という正体不明の人物によって残されている。彼は一番新しいと思われる石板を手に取った。年表をを半分ほど読んだ所で彼は泣き崩れた。手から落ちた石板には、砂嵐による妻の事故死がはっきりと刻まれていた。妻との思い出が頭の中を駆け巡る。まだ結婚して3年。死ぬまでずっと一緒に居ようと約束したのに。生活していくために出稼ぎを決意した時も、帰ってきたら月苺のタルトを作ると笑って送り出してくれたのに。仕事先の街では、彼女が好きそうな果物をお土産で買っていたのに。
「どうして泣いているの?」
知らぬ間に美しい女性が立っていた。長い艶やかな黒髪。優しい琥珀色の目。見間違うはずがない。それは愛する妻だった。
「ずっとついてきてたのに、なかなか気付いてくれないんだから。」
彼女は優しく微笑んだ。彼は動けなかった。
「もう泣かないで。どうか、前を向いて明るい人生を送っていって。私はずっとあなたを見守っているから。」
窓から陽が差し込んできた。その光と共に彼女はふわりと消えてしまった。
「ありがとう」
彼は彼女の霊がいた場所に呟いた。
 先程まで薄暗かった空はいつの間にか晴れていた。「記録の塔」を出て、砂の上にテントを張った。小鳥がテントのそばに降り立ち、カバンを漁り始めた。彼が止めるより先に小鳥は街でお土産に買った果実の小包を取り出し、飛び去ってしまった。不思議と怒りは感じなかった。妻なら許してくれるだろうと思ったのだ。
 再び荒野を歩き出す。もう村も見えなくなった頃、小鳥が目の前に降りてきた。砂糖菓子が入っていた小包を咥えている。
「美味しかった?」
小鳥は賛同するように可愛らしい声で鳴くと、着いてこいと言うような様子で飛び立った。慌てて追いかけて行くと、彼は小さな街に辿り着いた。
 街の人々は優しかった。よそ者の彼を受け入れ、仕事も与えてくれた。数人の故郷の仲間とも再会した。時々、あの小鳥が会いにくることがある。彼が食べ物をやるといつも嬉しそうに鳴いた。後で気づいたのだが、その小鳥は美しい琥珀色の目を持っていた。



8/21/2025, 11:12:10 AM