ささみ

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「初恋ってなんだろうね、夜光」
「は? 何、突然」
 珍しく隣で静かにしていると思ったら、思いもかけない問いを投げかけられる。不思議に思って、読んでいた本を伏せてて真珠が見ていた本を覗き込むと、なんのことはない、『はつ恋』の台本を読み返している。
「なんでそんなもの読んでるんだ? 再演するってわけでもないよな」
「んー、なんとなく。初心に帰る? みたいな」
 そう言って、目を合わせもせずごろりと寝返りを打つ。確かに、初めてセンターを任されたこの演目は真珠にとって思い入れがあるもののひとつだろう。
 それきり言葉が続くことはなく、再び沈黙が訪れる。答えを急かしてこないところを見ると、本当になんとなく聞いてみただけなのだろう。そう、なのだが。
「……で、なんなんだよ」
「へ?」
「お前にとっての初恋って」
 掘り下げられるとは思っていなかったのか、大きな眼を二、三度瞬かせてこちらを見てくる。そして「うーん」と眉間に皺を寄せて考え始めたかと思うと、目を閉じて真剣に悩む様子を見せた。相変わらず、ころころとよく変わる表情だ。
 西陽を受けて頬に影を落とすまつ毛が揺れる。普通にしていたら見上げることしかないそれを、こうして見下ろすのにもずいぶんと慣れてきた。
 ぱっと眼を開くと同時に、「夜光」と名前を呼ばれる。なに、と応えが返ってくるのを、知っているような声色で。
「おれの初恋は、夜光」
 だから、他と比べて初恋がなんなのかなんてわからないや、と緩む頬を、照れ隠しに軽く抓ってやった。

5/7/2026, 11:11:31 AM