「蝶よ花よと可愛がられ♪
褒められ撫でられ愛されて♪
みんなの人気者、百合子ちゃんは~♪
今日も元気に「カーン」
私が気持ちよく歌っていると、部屋に鐘の声が鳴り響く。
タイミングと鐘の回数からは、私への悪意しか感じられない。
まるで私が音痴かのようじゃないか!
誰がこんなことをするのか……
決まっている!
友達の沙都子だ!
「ちょっと沙都子!
気持ちよく歌っているから邪魔しないで」
私が抗議の声を上げると、沙都子は不愉快そうな顔をした。
「それはこっちにセリフ。
本読んでいるんだから、歌わないで」
沙都子は読んでいる本を机に置いて私を睨みつける。
「なんで歌っちゃダメなのさ。
それに私の歌、家族から大絶賛なんだよ。
お願いされるレベルだよ!」
「はあ」
沙都子はこれ見よがしにため息をつく。
最近の沙都子はため息が多い。
「沙都子、ため息をつくと幸せが逃げるよ」
「誰のせいよ!
あのね、私は歌うなって言ってるんじゃないの。
私の部屋で歌うなっていってるの。
自分の部屋で歌いなさい」
沙都子が正論を吐く
私もそう思う。
だけど、私の部屋で歌えない事情があるのだ。
「ウチで歌うと大変なんだよ」
「家族が『うるさい』って怒るでしょうね。
私みたいに」
「違う。
家族が、私の歌を聞こうと押しかけて、大騒ぎになる」
「……さっきの『お願いされる』とか、歌の『蝶よ花よ』は誇張じゃなかったのね」
「うん、そうなんだ……
だからここで歌うね」
「なにが『だから』なの?
ダメよ。
歌いたければカラオケにでも行きなさい」
「お金無い」
「自業自得ね。
私の家の物を毎日のように壊して、弁償していればそうなるわ」
会話は終わったとばかりに、沙都子は再び本を読み始める。
沙都子は満足したかもしれないが、私はまだ言い足りない。
「まだ話は終わってないよ。
さっきの鐘の音は何さ?」
「これよ」
沙都子は、私に何かを投げてよこす。
受け取ってみると、のど自慢でよく見る鐘のミニチュアだった。
そして微妙にパチモン臭い。
「だいぶ前に、あなたが持って来た正体不明のおもちゃよ。
多分許可を取ってない偽物だと思うんだけど、ちゃんと音が少し出て感心したわ」
「……これを、私が?」
「覚えてないのね。
まあいいけど。
じゃあ、私は本読むから」
「待って、私の話はまだ――」
私が立ち上がろうとした時、近くにあった机に肘が当たってしまう。
衝撃で花瓶が机の上から落ちそうになったのが見えて、とっさに掴もうとしたけど、私の手は虚しく空を切る
花瓶はそのまま床に衝突し、粉々になった。
「ごめんなさい」
「あなたね、毎日のように家の物を壊すけど、もしかして反省してないの?」
「反省はしている。
すぐ忘れるだけだ」
「意味が無さすぎる……
その悪癖、直したほうがいいわ。
家族は何も言わないの?」
「全く」
私の言葉を聞いて、沙都子は呆れたような顔で言った。
「本当に、蝶よ花よと育てられたのね」
8/9/2024, 2:46:03 PM