つけまゆげ

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「ごめん」と彼はそう言った。
それがあまりにも消え入りそうな声で、あまりにも申し訳なさそうで、私は慌ててへらへらと作り笑いをして誤魔化した。

「いやっ、わかってるって。大樹はさ、吉岡先輩が好きじゃん?」
彼は肯定も否定もせず、申し訳なさそうな態度はそのままに、こちらの目を真っ直ぐに見た。
いつもの茶化すようなふざけたトーンではなかった。

私はそれで更に焦った。早口で続ける。
「いやぁ、本当気にしないで。てか、こっちこそごめんね。なんかさ、ほら、もうすぐ卒業だし?そろそろ会える機会も減るからさぁ、せっかくなら告っとけ、みたいな?勢いっていうか。そんな感じだからさ、気にしないでホント。」
彼は黙ったままだ。私だけバカみたいに明るい声で取り繕っている。

「めっ、迷惑だよね〜。ごめんね。」
へへ、と力なく笑ってみせたが、そこで彼は初めて怒ったように「迷惑なんかじゃない」と言った。
「俺、バカだ。井口が俺のこと好きでいてくれたの、気づかなかったよ。」
私は動揺し、二の句が継げなくなった。彼がそのように真面目に捉えるのは完全に想定外だったからだ。

彼、山本大樹は部員のけして多くない部の同級生で、気を置かずにふざけあえる友達でもあった。
いつもお互いを茶化したり、くだらないことで張り合ったりして、時間を潰した。
それがいつのまにか恋心に変化していると気づいたのは、もうお互いに進路も決まりつつあった秋のはじめのことで、私はかなり悩んだ。

それがただの友情でなくなってしまったとは、もうあえて言わなくてもいいのではないか。
そもそも、大樹は以前部に1年先輩として入部していた吉岡由希が好きなことは、なんとなく部全体で周知の事実だった。

だから「俺、先輩と同じ大学に行く」と大樹が真剣な目で口にするまで、私ももう何も言うつもりはなかったのだ。
だが、その時初めて笑わずに、眉間にしわを寄せて言った彼の顔を見ていると、どうしようもなく悲しく、悔しい気持ちになってしまった。

「私が、大樹を好きだって言ったらどうする?」と、まるで目をつぶったままボールを放るみたいに、後先考えずに彼の背中にその言葉をぶつけてしまった。
彼は、ショックを受けたように固まった。


「謝るなよ。流石に俺でも、井口がそんなこと適当に言ったりしないってことぐらいわかる。」
彼は今度ははっきり顔を歪めていた。そんな顔をさせるつもりはなかった、と言いたかった。
「ごめん」
下を向いたときに、自分の声に涙が滲んだのがわかった。そこでようやく、ああ、私は悲しかったのだ、と気づく。
振られて泣くなんてかわいくてずるい女の子がやるようなことだと思っていた。
ボロボロとあとからあとから涙がこぼれて止まらない。

「好きだったよ。」
くしゃくしゃに歪んだ顔でそう告げると、彼は「うん」と言った。
夕日のあかりが一筋だけ空に残っているのが窓の端に見える。

上手くいかなくたっていい、なんて嘘だった。

8/10/2023, 8:58:30 AM