息を整える。
肩を上げて、天を見上げて、深呼吸。
本番では出来ないことを今のうちにしておく。
緊張はもちろんする。頭の中はテンポにピッチにアーティキュレーションでいっぱい。ひたすら指摘されたことを思い出しては指を動かし続ける。
失敗は許されない。いや、失敗は自分が許せない。
その想いが出来るまでは時間がかかったと思う。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
最初はできるわけが無いと文句を言いたかった。
上級生を差し置いてソロを吹くなんて、身の程知らずにも程度ってもんがある。
でも、誰も反対をしなかった。あれだけ信頼していた仲間も、尊敬している先輩も、だれも。私自身も出来なかった。
それからは本当に血反吐を吐いた。買い集めてやっと見つけたリードも割れるまで吹いた。そしてまた3半を買っては良いリードを探す。
それだけでも辛かった。
でも指が回らない。指が回らなければ縦も横もへったくれも無い。
まずはゆっくりでも吹けるようにならないと。想いは焦りとなり縛りとなり、合奏練習で悲惨なものに変わっていく。
(いまの私を見ないで…)
いつも私のソロで合奏を止めてしまう。私が原因であり迷惑になっている事実は、指を絡ませ呼吸を浅くさせる。
みんなが見つめてくる。心配と不安と怒りに満ちた目線。
怖い。でもやらないと。怖い。でもやめられない。
ただひたすら楽譜を見て、指を回し、ブレスの位置もスラーやスタッカートの表現も忘れず、指揮を見て、ピッチを整え、リードミスは絶対にしない。
ソロじゃなきゃ出来ることだらけなのに。
1人で吹くだけなのに。
恐怖が身体を支配する。
もう吹くことが辛い。
でも、、、辞められなかった、、、
いや、仲間が諦めなかった。
私が吹くことを心から望んでいた。
いくら弱音を吐いても肯定してくれ、合奏を止めても励ましてくれて、少しでも吹けるようになれば私よりも喜んでくれた。
怖い。けど吹いてもいい?怖い。けど私でもいいのかな?
恐怖は徐々に不安へと変わる。でも仲間は笑顔で言ってくれた。
「あなたに吹いて欲しい!!」
それから合奏が止まったとしても、みんなの目線が敵ではなくなった。
想いを知ったからみんなに見つめられても身体が強ばることはなく、必死に楽譜と向き合うことが出来た。
「部員全員で一丸となって」なんて口では簡単に言うけれど、吹奏楽部でまとまるのは難しいと思ってたし、なんなら出来ないとすら感じていた。
個々人の技術才能よりも、一人のミスが大きな減点となる吹奏楽。
だからこそ、私はみんなの為にミスをしたくなかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
息を整える。
お腹の下が少し膨らむぐらい。深く、でも素早く。
指はもう大丈夫。楽譜は覚えた。私に残された情報は指揮とみんなの伴奏だけ。
でもそれほど信頼のできるものはない。
本番。指定された席へと向かう。
審査員の目線が胸を刺す。緊張が身体を襲う。
でも恐怖は無い。
もう怖くない。
あとは自分が自分を許せる音楽を吹くだけだった。
後々、彼女はより音楽にハマり、クラリネットと共にヨーロッパを旅することになるのだが、それはまた別の話。
『みつめられると』
3/28/2023, 11:39:13 AM