春という名の女の子がいた。
彼女が死んでから、僕は春が嫌いになった。
暖かな日差し、たまに吹く強風、乱れる桜も、すべてが彼女を彷彿とさせる。世界に彼女が満ちているような気がして、だからこそ、もうこの世にいないのだと突きつけられる。
おまけに彼女の香水は桜だった。
たまったもんじゃない。
近年は温暖化の影響か、春が短い。実際に短いかはともかくとして短く感じる。とはいえ、ひと月以上も彼女の死を言い聞かせられては気が狂いそうだった。
加えて、もう一つ。
春は春でも特に盛り上がるーー春爛漫の桜景色が広がるこの時期には、決まって幻を見た。
まさに今。
びゅう、と風が立って、桜の花弁が舞い上がった。
視界を覆いつくす桜吹雪の奥に、失ったはずの彼女の姿が、蜃気楼のごとくゆらりと立ち上がる。
その姿を認めると同時に電撃が走る。
ああ、まただ。
痺れた脳の片隅でつぶやく。
こうなるともう僕は駄目だ。
「春……」無意識のうちに名前を呼んでしまう。すると彼女は、僕に気づいたように振り向いた。そのピョンと跳ねるような所作は、記憶にある天真爛漫な彼女の姿に重なった。
花弁で構成された彼女の顔が、にこっと微笑む。
白い、ほっそりとした腕が伸ばされる。
ハグを求められているようだった。
「春」
一歩踏み出す。オアシスを求める渇いた旅人のような、力ない一歩だった。けれど止まらない。
二歩、三歩。
次第に足早になる。
花びらが頬を掠める。ぬるい風が手足に絡みつく。それらを振り解くように無造作に伸ばした両腕は、一瞬、彼女の柔肌を抱いた気がして。
空を切った。
お題「春爛漫」
4/11/2026, 1:37:57 PM