望月

Open App

《冬休み》

 五日前に終業式を迎えたこの高校は今、冬休みに入っている。
 部活動の生徒達の活気のある声が校内に響くが、それでもいつもの元気さは感じられない。
 単純に人が少ないのだ。
 校内を移動するのも、教師が一番多いだろう。
『あーあ、つまんない。みんないないや』
 施錠された教室は窓もカーテンも閉まっていて、校庭の様子が伺えない。
 窓際の席に座っていたが、誰か遊んでくれる者がいないかと立ち上がる。
 教室を出て声のする方に足を向けると、音楽室に辿り着いた。吹奏楽部が部活中か。
 曲の練習をしているようで、聞いていて楽しい。
 指の動きを見るのも、飽きがなかった。
『すごいすごい! 流石ね!』
 拍手を送ってまた、練習の邪魔をしないようにと音楽室を後にする。
 次に向かったのは校庭だ。
 野球部の元気な声が聞こえる。
『なんだか、こっちまで元気になってくるなぁ』
 練習の邪魔にならないように、横から暫し眺める。
 飽きて来て漸く、今度は体育館に向かった。
 バスケ部の練習試合中だろうか、白熱した闘いが見える。
 シュートを決めた瞬間の歓声に驚くが、
『かっこいい! あんなに綺麗に入るのね!』
 プレイに魅入ってしまった。
 結局勝敗がつくまで観戦し、満足して体育館を後にする。
『最後はーここっ』
 一番お気に入りの場所は、屋上だ。
 天文学部が時折夜空観測の為に使用する時以外、滅多に解放されていない屋上。
 手を太陽に向ければ、光を受けてより一層透明度の増した肌に、青空の色が透けて見える。
 その美しさに目を奪われていると、扉の開く音がした。
「……眩しいな」
 寒そうに目を細めている老教師は、三年前からこの高校で非常勤教師として勤めている。
 フェンスの前で屈むと、小さなシオンの花束を置いた。
「この花、ずっと好きだっただろう?」
 合掌し瞑目。その後静かに切り出された言葉に、
『とっても綺麗だわ! 素敵!!』
 明るく声を返す。
 それに返事をすることなく、老教師は立ち上がる。
「それじゃあね、また明日来るよ。ゆっくりお眠り」
 寂しげな微笑を残し、老教師は扉の向こうに消えた。
 その背中に手を振っていたが、完全に足音が遠ざかると手を下ろす。

『……もう来ないでいいのに。ここ、お墓じゃないんだよ……でも、ありがとう』

 シオンの花言葉は「君を忘れない」だ。

12/28/2023, 3:57:38 PM