不意に、目が覚めた。
朝はまだ遠い。
暗く静かな時間の中、独りだけの部屋。
他には誰もいない。
どうして、とあの日から繰り返し思う。
何があったのか、彼は何一つ話してはくれなかった。ただ、必死で知識を貪り何かを探し求めていた。
常に焦りを含んで、まるで何かに怯えているようにも見えて。
だから、あの時の私は彼を止めようとしたのだ。
幼馴染の立場に驕り、それが悪手であることを分かろうともせずに。
そうしてその結果が、今のこの独り、だ。
ずっと、好きだった。憧れだった。
笑った顔も、優しい所も、少し気弱な所も。一人で泣いていると必ず来て、手を引いてくれる所も。
全部が、大好きだった。
これ以上嫌われたくなくて、逃げるように遠くに来た。
会うのが怖くて、でも会えないのが苦しかった。
手を引いてくれていた、優しい幼馴染はここにはいない。
「…っ…ヒサメ…!」
泣きながら名前を呼んでも、答えてくれる声はどこにもなかった。
不意に、目が覚めた。
朝はまだ遠い。
暗く静かな時間の中、独りだけの部屋。
「…ヒサメ」
「どうしたの?シオン」
返ってきた声に驚いて顔を上げると、扉の側に影が一つ。
「怖い夢でも見た?」
低く甘い声。高い背丈。
記憶の中のそれより、大分大人びた彼の姿に混乱する。
どうして。なぜ。
疑問ばかりが、ぐるぐると回る。
けれども、近づく彼の背後の景色が自分の部屋のものでない事に気づき。
そして、思い出す。
繋がれた部屋。
絡みつく呪詛のような言葉。
触れる熱。
枕元に置かれた銀のナイフ。
私は、彼を殺せなかった事を。
「シオン」
抱き寄せられ、頭を撫でられる。幼い頃、よくされていたように優しく。
「大丈夫、俺がいるから怖くないよ。シオン、愛してる」
囁く睦言はどこまでも甘い。
昨日の慟哭し、愛を叫び乞う彼とはまるで別人のよう。
「今さら…」
「うん、今さらだ。でも、もうこれしかできない」
「馬鹿みたい」
吐き捨てた言葉に、彼は苦笑する。
「逃げる時は、ちゃんと俺を殺して。置いていかないで」
懇願する声は静かでありながら、絡みつくような強さを秘めて。
手を背中に回し、囲うように抱き締められた。
「こんな愛し方しかできなくてごめん」
「ヒサメ…」
「愛してる。シオンだけをずっと」
きっと、この腕は離れない。
彼を殺す事も出来はしない。
それなら、いっそあの日のままの想いを叫んでしまえば楽になれるのか。
殺せない理由を告げれば、彼は満たされてくれるのか。
「ねぇ、シオン。俺の事、愛して?」
「馬鹿」
呟いて、目を閉じる。
今はまだ、何も言わないまま。
彼には振り回されてばかりなのだから、少しくらいはいいだろうと。
愛を乞うその言葉に応える日を夢見て、眠りについた。
20240512 『愛を叫ぶ。』
5/12/2024, 1:53:03 PM