《あなたに届けたい》#8 2026.01.30
スマホのアラームが鳴っていた気がする。
『朝だ……朝っ?!』
夕べは、深夜遅くまで、格闘していたのだ。キッチンで初めての調理道具に触れ、机にかじりついて手書きで文をしたため(したためで良かったっけ?)、買ってきた映えそうな紙で百貨店みたいに箱を……綺麗には出来なかったけど、包んだ。それから、ベッドに潜り込んで、さり気なく声をかけるところから、その場で振られた時の為の言い訳まで、何度も何度も練習して……いつの間にか、寝落ちしてた。そして、今。
跳ね起きて、制服に着替えて、洗面台で辛うじて寝癖だけ押さえ込んで、牛乳だけ飲み干して、カバン掴んで。
「いっでぎまーす」
全力でダッシュ、最悪だ、最悪の出遅れだ。乙女の決戦日、バレンタインデーに何やってるんだ。
生まれて初めて、本命チョコを渡そうと決めた。それも朝イチで。下駄箱とか、放課後に呼び出して、なんて、無理だ。だって彼は超人気者で、隣校の女子だって狙ってるって。
先手必勝、何の取り柄もなくて、でも、このクソ度胸だけが自慢のウチにはそれしかないって思ったから。だから、今日この日、世界で一番最初にチョコを渡すのは、ウチ。そのはずだったのに。
校門で辛うじて風紀委員と生活指導を振り切って、教室に飛び込む。
目標の彼は……居た!もう、誰かから受け取っただろうか?今話していた女子はもしかして……分かんないや……渡さなきゃ……でも、さすがのウチも息が続かなかった。
教室の隅でへたり込む。もうじき、ホームルームが始まる。ああ、ウチが作り上げた渾身のチョコは、有象無象の中で溶けてゆくんだ。
チョコが入ったカバンを抱きしめるようにして、全てを諦め、立ち上がろうとした時、誰かが近付いてくる気配がした。
「咲良、大丈夫か?」
彼だった。何が起こってるか分からないまま、うんと頷く。
「おはよう、珍しいじゃん。ギリなんて」
彼がしゃがみ込んで、ウチの顔を覗いてくる。汗だくで、ほぼノーメイクで、見せられたもんじゃないから、顔を背ける。でも、彼はいつものように、優しく声をかけてくれる。誰にでも優しくて、ウチにも優しくしてくれて、だから、好きになった。
お、おはよう、と掠れ気味の声で返す。でも、それ以上、なにも言えなくて。この胸のドキドキは、走ってきたせいか、彼の顔が思いがけず近いところにあるせいか。
「なあ、これ、貰ってくれよ」
囁くような声と共に、そっと小箱が差し出された。
「これ、なに?」
辛うじて、発した疑問に彼の返答が被る。
「マカロン。ホワイトデーまで待てなくてさ。別に男から渡したって良いんだろ。じゃ、また後で」
囁き声を残して、彼は自分の席に戻っていく。
え?え?なにそれ、なんか、それ、ズルい!
負けたくない!よく分かんないけど、そう思って!
「ヒロキ!受け取れー!」
チョコを叩きつけるように渡して。
担任に呼び出し喰らって。
みっちり絞られたあと。
放課後、手を繋いで二人で帰った。
1/30/2026, 2:27:20 PM