俺は波音が好きだ。波が寄せたり引いたりする、独特のザーザー音。でも、俺は元々あの音が好きじゃなかった。海の近くに住んでいた時、波音で寝られなかった。ただそれだけの理由で海も、波音も、綺麗なものだとは思えなかった。
そんな俺が波音を好きになったのはきっと、彼女のおかげだろう。
彼女は俺の家の近くに引っ越してきたんだ。波音がうるさいはずなのに、笑顔で「いい音ですね」なんて言われたら確かにそんな気がしたから。
そんな彼女に俺はだんだん心を惹かれていった。
少しでも多く彼女と一緒にいたくて、沢山話した。
そうやって話してた流れで「なんで引っ越したのか」って聞いてみたんだ。そしたら彼女は
「死のうと思って」なんていつもの笑顔で何も躊躇わず言った。つまんなくなったから死ぬ、最期は大好きな海の中で。と。
俺はただのご近所さんで、止める資格もない。だから「やめて」という言葉が喉につっかえた。
そしたら彼女は本当に死んじゃってさ、次の日にはその家からいなくなってた。俺の家に「ありがとうございました。」なんて一言だけ添えて。
どこの海で死んだのかもわからないけど、海は繋がってるから。
俺は今日も彼女の死んだ海に手を合わせる。
彼女の声を聞くように波音に耳を澄ませながら。
7/5/2025, 1:20:21 PM