テツオ

Open App


「あっ」

お腹をリボンで結ばれて、ちぎれるくらい強く締め付けられてるよう。
僕は瓦礫の下敷きになって、人間の痛覚の限界みたいなものを感じた。

視界は暗いし、でも荻さんの周りは明るいかんじがする。
だが荻さん、と呼ぼうとしたら、ゲロッと出てしまった。
「スヒィ、スヒィ、スッ、ヒ、ヒ」こんなふうな息をする音といっしょに、荻さんの胸が大きく上下している。
その間にも倒壊は止まらないので、荻さん、僕の目の前で死なないでほしいが、僕を置いてかないで……

荻さん。黒くて、太陽に当たると赤くなる髪の毛が綺麗。
昨日ちょうど見た。冬の優しい朝、日差しに揺れる荻さんの髪。

痛みにもたれる脳みそで無事の手を動かした。シッシッ、みたいに。荻さん。
荻さんを引っ張ってここまで来た。手を繋いだのだ。
手袋越しで、だけどちゃんと指の感触がわかった。夏の間見ていた華奢な手は、白く光を透かしているみたいで、いつでもしっとり、やわらかな曲線を描いていて、そこにはほんとに重さや血が通っているんだろうか?ちょっと思っていた。
だけどちゃんと感触はあって、ちゃんと指の先は丸く、爪は固い。脳に伝わったそれらの感覚も、手の奥ゆかしい繊維も、綺麗だった。
手袋越しだったので、そのほとんどは僕の妄想かもしれない。

荻さん。今、僕から走って逃げた。
そこの背中は小さくて、リカちゃん人形みたいに僕の手で掴みあげられそうだった。

僕は荻さんにひたむきな恋をしたまま、死ぬのかもしれない。
荻さん。優しい笑顔。大きな目がゆるーっと細くなる。そんな時、飴玉みたいな虹彩がぼくのほうに向いてくれたら……
荻さん。もしかしてこれ走馬灯?
僕、とりとめもない人生

12/18/2023, 10:05:24 AM