気づけば誰もいない砂浜で一人、座って空を見上げていた。
周囲には誰もいない。一人きりだ。
辺りを探索しなくとも、この狭い島には他の人はいないことを理解していた。
目を閉じる。寄せては返す波の音を聞きながら、記憶を手繰り寄せる。
無邪気なあの子の笑顔に、頭が痛くなるのを感じた。
――働き過ぎは体に良くないんだって!
テレビで得たばかりの知識を、得意げに披露していた彼女。次の瞬間に訪れた、抗えない微睡み。
ここは夢の中なのだろう。無人島にいる夢。
彼女のズレた優しさに、目眩がしそうだった。
「休憩するには波の音とかが良いんだって!ヒーリング曲?とか言ってた」
不意に隣から聞こえた声に、出かかる溜息を呑み込んだ。
視線を向ける。褒めてと言わんばかりに輝く笑顔を見てしまい、何も言えなくなってしまった。
「なんで、無人島?」
代わりに口をついて出たのは、純粋な疑問。彼女はその問いに、胸を張って答えた。
「テレビでやってたから!無人島でサバイバル体験!」
ある程度予測できてはいた答えに、乾いた笑いしかでなかった。
「テレビで見たからね。ちゃんと無人島に行くなら、何が必要かは分かってるよ。用意もしてあるの」
いつの間にか背負っていたリュックを砂浜に置き、彼女は笑う。
チャックを開けて、一つ一つ中身を取り出して見せた。
「えっとね。まずは水でしょ?それから食料と……ナイフと、ロープと……」
次々と取り出される物品が、砂浜を埋めていく。思わず口元が引き攣るが、彼女はまったく気づく様子はない。
「それからね、おやつとお弁当と……」
「待って!?」
段々と可笑しくなる荷物の数々に、咄嗟に待ったをかける。
そこまで行くとサバイバルではなく、ただのピクニックだ。けれど彼女は何故止められたのかを理解できず、ただ首を傾げて目を瞬いた。
「ちゃんとチョコレートもおせんべいもあるよ?お弁当には卵焼きも入れてあるし」
「いや、そうではなくて」
心底不思議そうな彼女に、どうしたものかと視線を彷徨わせる。純粋にこちらを心配しての行動だけに、頭ごなしに否定するのは気が引けた。
「必要なのは、全部用意できていると思うんだけどな」
広げた荷物を見回して、彼女は不思議そうに呟く。
思いつかないのか、その表情は次第に険しくなっていく。
眉を寄せ、立ち上がる。その姿が不意に揺らいで、咄嗟にその手を取って引き留めた。
「待って!どこ行こうとしてんの!?」
「え?足りないものを探しに行くだけだよ。だからちょっと待ってて」
彼女の姿がさらに揺らぐ。
何も理解していない彼女に頭が痛くなるのを感じながら、思いを乗せて声を上げた。
「足りないものなんてないから!寧ろ多すぎるんだって……そもそも、無人島に行くならば、君がいれば十分だってば!」
「――え?」
きょとんと目を瞬く。
遅れて意味を理解したのだろう。彼女の頬が赤く染まり、恥ずかしげに視線を逸らした。
波の音を聞きながら彼女と二人、砂浜で寝転び空を見上げた・
「なんで急に、無人島に行こうなんて思いついたの?」
「だから、テレビを見て……」
言いかけて、問いかけの意図が違うと気づいたのか、彼女は寝転んだままこちらに視線を向けた。
「最近、ずっと忙しそうにしてたから。いつもどこかぴりぴりしてるし、寝てる時だって魘されてることもあったし」
だからね、と彼女は眉を下げながら続けた。
「一回全部なくして、全然違う場所でゆっくり過ごせたのなら何か変わるかなって思ったの。ちょっとだけでも心が元気になったら、前みたいに笑ってくれるかなって……それだけなの」
柔らかな微笑み。気づけば彼女の手を引いて、強く抱き締めていた。
「ありがとう」
一言だけを告げて、目を閉じる。
波の音が心地好い。暖かな陽射しに眠気が誘われる。
何より彼女の優しさが、嬉しかった。
「流石に無人島は無理だけど、今度一緒に遠出しようか」
夢見心地で思いついたことを口にする。言葉にしてそれはとてもいい考えだと、口元が緩んだ。
彼女が用意した大層な荷物は必要ない。計画だってなくても、彼女と一緒ならば気の向くまま、楽しめることだろう。
目を開ける。顔を上げた彼女と目を合わせて、どちらともなく笑い出した。
「約束だからね。嘘吐いたら、もう口をきいてあげないから!」
「それはやだな。だから絶対に約束は守るよ」
くすくすと笑い、小指を絡める。指切りげんまん、と詠う声に波の音が混じる。
指を離して小さく欠伸を漏らせば、彼女も同じように欠伸をした。
「何だか眠くなってきたな……夢の中だって分かってるけど、このまま寝ちゃおうか」
「賛成!夢だから寝ちゃ駄目なんて決まり事はないんだし、のんびりお昼寝しようよ。遊ぶのも良し、のんびりするのも良しってやつだよ」
仰向けに寝転んで、彼女はくすくすと笑う。笑いながらもその瞼はゆっくりと落ちていき、しばらくすれば穏やかな寝息が聞こえ出す。
「おやすみ」
小さく呟いて、同じように目を閉じる。
波の音。風の音。彼女の寝息。
何もかもが心地好く、ささくれ立った気持ちが凪いでいく。
微睡みに浸っていれば、ふと昔聞いたことのある問いかけを思い出した。
――無人島に一つだけ持っていくとしたら。
同時に浮かぶ答えに笑みが浮かんだ。
隣で眠る彼女の手を繋ぎ、暖かな陽射しに誘われて眠りに落ちていく。
何も持たなくてもいい。
ただ彼女と一緒に行けたのなら。
そこはきっと、夢の中のように楽しい場所になるのだろう。
20251023 『無人島に行くならば』
10/25/2025, 9:51:44 AM