Ryu

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海辺の民宿。
仲居さんが敷いてくれた布団の上に座り、波音に耳を澄ませていた。
女一人、失恋旅行。
いや、想いを寄せていた相手に、妻子がいることが分かって振り出しに戻っただけ。
ロクに話したこともない相手だ。
もう忘れよう。
新しい明日が来る。

スマホが震え、画面を見ると、実家の母親からだった。
「なに?どーしたの?」
「あんた、どこにいるの?部屋の電話鳴らしても出ないから」
「ちょっと旅行中。何かあったの?」
「何もないよ。…波の音がするね。海の近く?」
「まーね。今は窓の外も真っ暗で何も見えないけど、きっとオーシャンビューだと思うよ」
「夜遅くに宿に着いたんだ。…じゃあ、一人?」
「なんでそんなこと分かんの?」
「まあ…いいわ。でも約束して。必ずお土産買って帰ってきて」
「…何よ、それ。実家までお土産持って帰れっていうの?」
「持ってくるのは後でいいよ。とにかく帰ってきて」
「何か…勘違いしてない?」
「勘違いなら別にいいけど。私はあなたの母親だからね」

通話を切って、スマホを放り投げ、布団の上に寝転んだ。
何だかおかしくて、笑みがこぼれる。
母親のくせに、私のキャラを分かってないな。
そんなに思い詰めるタイプじゃないんだけどな。
この旅行だって、失恋を理由に、たまにはゆっくり波音でも聴きたいなと思っただけ。
最近仕事が忙しかったから。

でも、悪い気分じゃない。
優しい存在に守られている、そんな気がした。
まるでこの波音のように、私を優しく包み込んで、守ってくれている存在。
明日、窓の外のオーシャンビューを堪能したら、母親がビックリするようなお土産を買って帰ろう。
そんなことを考えながら、眠りについた。

新しい明日が来る。

7/5/2025, 3:06:17 PM