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【カレンダー】


帰宅した茂樹が、やり遂げた顔をして俺んとこに向かってきた。

「彰、聞いてくれや」
「なんや?」
「俺な、歯医者ん予約取ってきたで!」
「は??? いや、そんなんでいちいちドヤんなやw」
「なんでや!? 褒めろや!w」
「知らんがなw で、予約いつなん?」
「来週ん火曜、夜六時半」
「残業とか、大丈夫そうなん?」
「んー……たぶん大丈夫やと思うんやけどなー」
「早めに周りに話しといて、フラグ立てといた方がええで」
「そやな、そしたら帰りやすいわなw」

繁樹はゴム部品の製作所で働いてる。
最近は暇らしくて、今日みたいに定時で帰ってくることも多いし――
その日もまぁ、何とかなるんちゃうやろうか。知らんけど。

「しっかし、来週火曜・六時半、来週火曜・六時半……忘れそうでヤバいわ。最近、記憶力怪しいねん」
「わかる、俺もや」
「いや、おまえはあかんやろw 事務所務めなんやから、しっかりせえやw」
「そう言われてもなぁ……」

俺はガス器具を取り扱う会社で、事務方をやっている。
繁樹が言うように、確かに事務所務めやけど、だからと言うてもう四十路半ばやで?
記憶力の低下から逃れられるわけないやろ。

「あかん、たぶん忘れるわw そもそも、俺、予約とか嫌いやねん」
「そやな、わかるわ」

そう、俺もこいつも予約ってもんがあんまり好きちゃう。
髪切る時も絶対に予約がいらんとこに行くし、外食も予約が必要な店は選ばん。
言うて、新発売の本やらゲームやらを通販で買う時の予約くらいはするけどな。

「だって、普通に考えて、予約なんかしても、予約したことを忘れへん?w」
「それ、本格的に記憶力ヤバいやんww」
「www」

「つうか、そういう時はな、カレンダーに予定書いとくとええねんで?w」
「おお、やるやんw さすがは彰やで! 事務所務めは伊達ちゃうなぁww」
「そやろ?ww」

ケラケラ笑いながら、繁樹は食卓の横のカレンダーの方に足を向けた。

「ちょっw カレンダー、一月のまんまなんやけどww」
「えっ、一月!?w」

俺もカレンダーに目を向ける。
ホンマに一月のままやった。

「今、九月なんやけどwww」
「誰もめくってへんとかwww」

二人でゲラゲラ笑う。

「おまえ、なんでめくらへんの?w」
「いや、おまえこそ、なんでめくらへんねんw」
「だって、めんどいしw」
「俺かて、めんどいわw」
「あかんやんwww」
「最悪やwww」
「wwwww」
「wwwww」

「でも、確か去年もこんなんやったよな?w」
「そやで、去年も一昨年もその前も、確かこんな話したはずやでww」
「wwwww」
「wwwww」

うちの会社は毎年、自社カレンダーを作っとる。
そんで、毎年年末には「これ持って帰りぃや」と、社員全員に一冊ずつが配られる。
で、持ち帰った俺は、とりあえず食卓の横に貼っとる。

でも、誰もめくらへん。
だから、常に一月のまま。
めくられへんカレンダーは、もはや我が家の名物やな。

「もうええわw やっぱ書くのはめんどいし、歯医者の日はちゃんと覚えるようにしとく」
「おお、頑張れやw」

繁樹は結局、歯医者の予定を書き込まんかった。
というか、カレンダーをめくらんかった。

(まぁ、そやろなぁ……)

俺と繁樹――
俺らが二人で暮らすようになって、もう二十年近くになる。
あの当時は今みたいにLGBTとかいう言葉も知られてなくて、色々地味にやりにくいこともあった。
そんでも、あの時「繁樹と一緒に暮らす」と決めた自分を、俺は褒めてやりたい。

繁樹との生活は、とにかく楽。
ラクで、楽しい。

この前は、繁樹が「たこせん食いたい」って言い出して、俺が「ホットケーキ食いたい」って言うたから、晩飯がたこせんとホットケーキになった。
その晩飯は、他のご家庭やったらアウトやろ。

テレビのラーメン特集を見てラーメンの気分になったものの、最近の下腹の出も気になってて……
「そうや、歩いてカロリーを消費すればええねん!」と閃いて、往復三十キロを歩いてラーメンを食いに行くとかアホなこともした。

休日には酒盛りしながら徹夜でゲーム大会したり、行先も決めずにふらりとツーリングに出たり、アニメに影響されて釣りキャンプに行ったり……
なんやもう、遊んでばっかりやw

毎日、思っとる。
「こんな毎日がずっと続きますように」って。

もちろん、永遠に続くわけないのは解っとるし、俺らももうおっさんやから、老後への不安がないわけでもないけど。
「跡継ぎ的なもんがおったら、将来不安って多少は和らいだりすんのかなー?」とか、たまには思ったりもするけど。
そんでも、一日一日がめっちゃ楽しい。
毎日、笑い転げて暮らしとる。

世間一般的に『普通』と言われてる、子持ちの異性カップルに比べたら、俺らは圧倒的に縛りが少ない。
特に、時間の流れに縛られることがないのが大きい。
成長の早い子どもがおると、どうしても時間の流れに縛られてしまうやろ?
幼稚園から小学校、小学校から中学校、中学校から高校――
そんな変化に付き合わんとあかん親は、どうしても時間の流れに縛られてしまう。

もちろん、それが悪いとは全然思わん。
きっとそれ故の楽しみ・苦しみが色々あるんやろうしな。
立ち位置が違うから、いいもんも悪いもんも含めて得られるもんが違うってだけや。

というか、世間的にはむしろ、縛られてへん俺らの方が悪者やろうけどな。

「大人の義務を果たしとらん」――
「無責任な生き方をすんな」――

まぁ、正直、そう言うて責めたなる気持ちは解るわ。
そんでも、誰に責められようが、縛られへん今の暮らしが俺は本気で気に入っとって絶対に捨てられへん。

俺らの暮らしは――
言わば、国民的アニメの世界と同じや。
季節が巡っとるのに、登場人物がいつまでも歳を取らんっていう、アレな。

そう、アレと同じ。
俺らは、まるでループする世界の中を生きるように、毎日を面白可笑しく過ごしとる。
めくられへんカレンダーは『縛られることのない楽しい毎日の象徴』というわけやな。

(だから、俺も繁樹も予約が嫌いやし……)
(なんとなーく、カレンダーをめくらんようにしとるんやろうなぁ……)


―END―


9/11/2022, 6:49:44 PM