不条理
午後九時半。
見慣れた帰路の、古くさい繁華街を抜けた時、ふと言葉にならない何かを悟った。
合皮の剥がれた靴で向かうのは、ビルの影に建つアパート。
日に日に自分が消えていく恐怖。
毎朝起き上がった瞬間、心の何かが削れていくような感覚に、もう耐えられないと思った。
今日もわずかな金を握りしめて生き延びた。それだけだった。
僕は自室のドアで立ち尽くした。
錆びた鍵穴を前に、妙に生暖かいものが数滴垂れた。
頭の中で誰かの声がする。
僕の声だ。
「どうして」
「もう取り返せない」
「生い立ちを恨んで」
「捨てられないように」
「努力をしろ」
もういいや。
僕はスマホを取り出し、連絡先からあの人を探した。
そして、電話をかけた。
「あの、今夜、連れて行ってもらえますか」
3/18/2023, 2:01:36 PM