【美しい】
「皆さんがうつくしいと思うものは何ですか。」
中学3年生の春、国語教師が私達に尋ねてきたのは、「自分が何を美しいと思うか」という美的感覚だった。
当時の私にとって、その時美しいと思えていたものは、有名ピアニストによる演奏や、フランスのパリにあるルーブル美術館など、芸術的なものが多かった。
「発表してみてください」
そうして、クラスの皆んなの回答を聞いた。「努力」だとか、「友達との絆」だとか、そのようなことを挙げている人が多かった。
私はその時こう思った。「努力がうつくしいと思うなんて、綺麗事だ。報われない努力もあるのに、そう思えるのは貴方が偶然“運が良くて報われてきたと思えているだけだ。”と。」
そんな不確かで曖昧な概念を「美しい」と言うよりも、多くの人に賞賛されていて、
尚且つ私達の感性を揺さぶってくる芸術的なもののほうが、私達が「美しい」と感じると考えてきたからだ。
ふと考えてみた。どうしてこんなにひん曲がった考えを持ってしまったのだろう。
中学3年生、私は自分が虚しくなった。
私だって、努力や友達との絆を素直に美しいと思えるような人生を送りたかった。
受験生。私の当時の模試の偏差値は、37で、どれだけ頑張っても努力が空回りしていたし、内気な性格だった為、他のクラスに友達は2人居たが、それ以外の友達、つまり自分のクラスに友達と呼べる人は1人も居なかった。
要領が良ければ「上手く生きられた」のかな。才能や努力を手に入れたのかな。そんなくだらない妄想を繰り返してしまう事を辞められなかった。
あれから2年の月日が経った。
私は、高校生になった。
今の私は、通信制高校に通いながら、汗水垂らして働いている。そうして今この文章を書いている。
「美しさ」が分からなくて、もがき苦しみ続けたけれど、今のこの生活も悪くはないよ、って当時の私に声を大にして伝えたい。
1/16/2026, 8:53:00 PM