真愛つむり

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「来月だな、演劇発表会」

「ああ、うん……」

本格的な寒さが街全体を覆う日、私が切り出した話題に意外にも乗り気でない様子の息子。

「どうした、主役だろ? 楽しみにしてるとばかり思ってたが」

「そうだったんだけど……」

息子は少し俯いて、細く息を吐いた。

「敵のお姫様役の女子が骨折しちゃって、全治1ヶ月」

「そうなのか!? 大丈夫なの?」

「うん、元気だよ。でも動きのある役だから、1ヶ月も練習できないとなると、交代するしかなくて」

「そうか、可哀想にな」

「しかも他に動ける女子がいないんだ」

「それは困ったね」

演目変更だろうか。それとも棄権してしまうのか?

「ハァ……みんなが私にやれって」

「え???」

この子が女の子の役を? しかもお姫様?

たしかにこの子はその辺の女の子より断然可愛いが(その辺の女の子ごめんね)

「ただの授業なら別にいいんだけど、発表会でしょ? 大勢の前で女装……しかも先生が観に来るし」

この“先生”が学校教諭でなく家庭教師を指すことはすぐに理解した。心なしか頬が赤い気がする。

要するに、好きな人に女装姿を見られるので気が重いということか。

「先生を誘った後でこんなことになるなんて」

涙目で愚痴る我が子も可愛いが、引き受けたからには嫌々演じてしまってほしくない。

「そんなに嫌なら役を断るか、先生にお断りの連絡するか?」

「えっ、でも……」

この子の考えていることは大体わかる。今更やりたくないと言ってはクラスメイトに迷惑をかける。それは避けたいが、先生にも誘っておいて断るような無礼は働きたくない、といったところか。

「煌時、嫌々演じられては外された子が可哀想だ。役に対しても失礼だよ」

「うん……」

「それに先生だって、お前が楽しんで演じる姿を見たくていらっしゃるはずだ」

「うん」

まだ少し迷っている様子なので、畳み掛ける。

「それとも先生は、クラスのために女装した男子生徒を馬鹿にして笑うような人なのかい?」

「そ、それは絶対に違う! 先生はそんな人じゃない!」

「そうか。だったら、何の問題もないな。お前の頑張りをしっかり見てもらえば良い」

煌時は覚悟を決めた顔で頷いた。


発表会当日。私と先生は保護者席で煌時の出番を待った。

先生には煌時が何の役をやるか伝えていない。役を変わる前から決めていたことだ。

私は息子の期待通り、先生が息子を見て笑わないことを密かに祈った。

幕が上がり、ナレーションが流れる。

主役の少年が登場、キャラクターを見せつつ話を進める。

ヒロインや仲間たちと合流、仲間のひとりを故郷から追放した敵の存在が明らかになる。

主人公は仲間の仇をとり、故郷を取り戻させるための戦いを決意。そんな主人公を信頼してついて行く仲間たち。

「かなり深いストーリーですね」

先生は私の耳にそっと囁いた。その言葉通り、演者と無関係の保護者や教師陣にとっても面白い話になるよう頑張ったと聞いている。私は息子と息子のクラスメイトたちを心から誇らしく思った。

ついに決戦の時。

初めて顔を出す悪の姫君。その姿に、我々だけでなく客席全体が息を呑んだ。

長い黒髪、下界を見下ろすような冷めた視線。すべてを見通しているかのような落ち着き払った声。品のある立ち姿。

「そなたらが、我が新天地を脅かしているという旅人か」

「な、何が新天地だ! あそこは俺達の故郷だ!」

「故郷と言いつつそなたらは、ろくに治めもせず喧嘩に明け暮れていた」

「そ、それは……」

住人だった男が口ごもると、すかさずヒロインが助け舟を出す。

「ただ粛々と働くだけが政治じゃないわ! 彼らはね、喧嘩を通して愛を伝える。絆を深める。そういう生き物なの。余所者のあんたが好き勝手していい理由にはならないのよ!」

そうだ、その通りだ!
端役の数名が一斉に叫んだ。

「ふぅ……なんと野蛮な。我が崇高な信念など、そなたらには言ってもわからぬだろう。よろしい……合戦です!」

途端にバタバタと目まぐるしく動き回る舞台上。各々がそれぞれの敵と刀を交える。BGMの効果も相まって、手に汗握る戦闘シーンとなった。

仲間A、仲間B、仲間C……と順番に決着がついていき、最後に残ったのはヒロインvs姫と主人公vs姫の側近。先に倒れたのは、姫だった。

「姫!!」

主人公と戦っていた側近が刀を放り出して駆け寄る。警戒したまま2人を見守る主人公とヒロイン。

「姫、しっかりしてください! 姫に死なれたら俺は……!」

「おまえ、は……今まで、よく、尽くしてくれた。あとのことは……頼んだぞ」

姫の瞼が落ちた時、側近の慟哭が地に響き、主人公たちは刀をおろした。

「うう、姫……! 姫のおっしゃった通りだ。争いは何も生まない。お前たちもこれでわかっただろう! やはりお前たちの野蛮な政治では、この国どころか何も守れやしないのだ!!」

側近は涙ながらに訴えた。その様子を見て、主人公がヒロインに頷く。

「ちょっとあんた、まだ諦めるには早いわよ」

「は?」

「これを使いなさい」

ヒロインが手渡したのは、主人公たちが中盤で手に入れていた回復薬だ。

「最後のひとつよ。これを今まで使わずに済んだアタシの戦闘力に感謝するのね」

「だが、お前たちの傷だって相当深いはず! なぜ自分たちに使わない!?」

「決まってんだろ!」

堂々と声を張る主人公。

「負けたてめぇらは、もう俺の配下だ。こんなところでくたばってもらっちゃ困るんだよ!」

「それに私たちは最初から評価してたのよ? このお姫様の政治的手腕をね。喧嘩っ早い村人たちのお目付け役にしてやるわ!」

舞台が暗転し、最後のナレーションが流れる。その後主人公たちは、回復した姫たちと愛ある喧嘩をしつつ、村を治めて幸せに暮らしましたとさ。


体育館の灯りが戻るのと同時に深い息を吐く。周りを見ると、ひそひそと好意的な感想が飛び交っているのがわかった。

親の贔屓目抜きにしても、いちばん輝いていたのは煌時だ。私は「どうだ!」と言わんばかりの顔で隣の男を見た。

男は口を半開きにしたなんとも間抜けな表情で、呆けたように舞台の方を凝視していた。心なしか瞳は潤み、頬が紅潮している。

「先生?」

「……」

「先生!」

「は、はいっ?」

先生は嬉しそうな恥ずかしそうな不思議な表情で振り向いた。

「どうでした?」

「ええ、すごく良かったです。特に煌時くんは素晴らしい。彼に演技の才能があったとは」

先生は息子の演技の良かった点を細かく挙げて褒め称えたが、女装については何も触れなかった。触れられなかったのかもしれない。

あまりに美しかったからな。誰もが魅了されて当然だ。うんうん。

この先生もどうやら息子に惚れ直してしまったらしい。

……それは複雑だが。


「あっ、先生!!」

駐車場で先生を見つけた煌時は、目を輝かせて駆け寄ってきた。そばに私もいるんだけどな。

「あのっ、どうでしたか……?」

喜んで走ってきたものの、女装したことを思い出してやっぱり照れたらしい。少し小声になっている。

先生はしゃがんで煌時と目線を合わせた。

「とても良かったですよ。君に演技の才能があったとは驚きです」

「えへへ」

あいつめ、父親の私より先に息子を褒めるとはけしからん。
帰ったらヤツの比じゃないくらい褒めちぎってやる。

なんてことを考えていたら、ヤツがチラッとこっちを見た。と思ったら、息子の耳に何か囁いて立ち上がった。

「では、帰りますね。今日はありがとうございました」

そう言って一礼すると、足早に去って行った。

その姿を見送って車に乗った息子に尋ねる。

「最後何て言われたんだ?」

「えっ、えと……ないしょ!」

我が子には魔性の気があるのかもしれん。

そらを誇らしく思うべきか、危機感を抱くべきか。

父はまだ迷っている。


テーマ「誇らしさ」

8/17/2024, 7:33:22 AM