大事にしたい
闇夜を切り裂く、一振りの刃があった。
わたしは、はっとして暗い夜空を見上げた。カーカーと醜い鳴き声を上げて飛び去っていく二羽の鴉。番だろうか、鳴き声というより泣き声という感じの声で、互いを呼びあっている。
刃に見えたのは、鴉の黒い羽の影だった。
「ーーーちゃん」
……み、ちゃん。
誰、だっただろうか。記憶の中の彼女は。
「ーーーちゃん」
誰だったのだろうか。わたしを置いて消えてしまった彼女の名は。
あなたは残酷な世界に裏切られて、わたしの前から姿を消してしまった。はずなのに、わたしの脳裏には振り返り様に笑う彼女の無邪気な笑顔だけが焼き付いている。他は何も覚えていない。
会いたいよ。ーーーちゃん。
声を出しても虚しいだけだから、心の中で呟いた。
「……どうして、置いていったの」
返事は返ってこない。
わたしは、あの日からずっと、一人ぼっちなのだ。
その時、ふわりと懐かしい匂いが漂った。わたしは、はっとして顔を上げる。
ああ、その顔は。その笑顔は。
「もういいんだよ。……ちゃん」
一言そう言うと、彼女の姿は白く透き通っていく。
嫌だ。よくなんてない。
あなたのいない世界なんて、わたしは嫌だ。
何も持っていないわたしの、これが唯一の宝物だった。彼女との思い出だけがわたしの生きる寄す処だった。
ーーーちゃんが消えた世界で、わたしは微かな残り香だけを頼りに、いつまでも暗闇を見つめていた。
9/20/2024, 5:00:23 PM