ねこいし

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『君は今』

・トウマ
・水蓮(すいれん)


「水蓮くん、飲まない?」

トウマは小型のワインセラーから白ワインを取り出し、グラスを二つ用意する。
リビングの机で何やら参考書を用い作業をしていた白髪の彼は、悪戯っぽく微笑みながら持っていたペンを置いた。

「未成年に飲酒勧めちゃだめなんだよ」
「いいじゃないの、どうせ飲む気満々なくせに。ボクの家来たら大体飲んでるでしょ君」

そうだっけ、覚えてないよ──そう白々しく答える水蓮は机の上を片付け、トウマの持ってくるワインを待ちわびている。やはり飲む気しかないじゃないか、トウマはやれやれと笑い彼の前にワイン入りのグラスを置く。

チン、と二つのガラスを合わすと高い音が鳴る。水蓮はそれを二口で飲み干し、もう一杯いいかと訊くのでトウマは頷いた。あっという間に顔が赤く染まる彼を見ていて、少し昔のある思い出を思い出す。
トウマを一人取り残した彼女も、お酒にはすこぶる弱かった。カクテル缶でも酔える水蓮と、同等であったように思う。非常に懐かしい。彼女が今も生ててさえ居てくれれば、今こうして酒を共にしているのは彼では無かったのだろう。

彼女には、いつの間にか置いていかれてしまった。トウマは彼女の自殺を止めることが出来なかった。あんなに、ずっとずっと、一緒に居たのに。愛していたはずなのに。

「ね、トウマ……」

林檎色の顔で口元を綻ばせている水蓮は、トウマの頬を両手で包み互いの唇を軽く触れさせた。そのまま耳を首を弱く噛み甘える彼を放ったらかしにする訳にもいかず、抱き上げトウマの寝室へ連れていく。

「あのねぇ、君ほんと外でお酒飲まない方がいいよ。女の人にこういうことしたら、セクハラだーって言われちゃうんだから。ほらほら水蓮くん、良い子はもう寝る時間だよ」

酒を飲むと彼はいつもこうなのだ。
この美少年との初対面は街中で、彼が真夜中にレモンサワーを飲んでいるところをトウマが話しかけた。こんな時間に学生らしき少年が一人地面に座り、酒を飲んでいる。不審に思い思わず声をかけてしまった。

「何してるのよ君は。学生でしょ、高校生?」
「え〜見たまんま……お酒飲んでるの。ふふ、僕の叔父さん警察なのにぃ。怒られちゃうな」

既に酔っ払った様子で、へらへらりと彼は呑気に笑った。
その酒はどこで手に入れたのかと問うと、家の冷蔵庫にあった叔父の酒だと答える。とんだ非行少年だと呆れる。

「ねーお兄さん、僕とホテル行こうよ。お兄さんの家でもいーよ」

ホテルというあまりにも直接的な物言いに驚いた。ホテルというのはまさか、ビジネスホテルの事でもないだろう。
まあいいか、しゃがんでいる彼の目線と自分のとを同じ高さに、トウマは彼の手を引き、立ち上がるのを手伝う。トウマ自身、街を出歩いていたのは今夜の相手探しであった。この日を境に彼は度々トウマの家に来るようになり、俗に言うセフレの関係が続いている。

トウマの他にも遊び相手は複数人いるようで、水蓮はしばしば誰かの家に泊まらせてもらっているらしかった。そんなに家を空けてたら叔父さんが心配するんじゃないの、そう言うと彼は鬱陶しげな顔をしたので、それ以来は叔父及び家族の事には触れないようにしている。

よっこいせと投げるようにしてベッドへ彼の身体を下ろすと、乱暴しないでよと水蓮は上目遣いにトウマは睨んだ。

「ふふ。トウマは僕のこと、良い子って思ってるの?」
「いや、全く。君は生意気な非行少年だよ。年上のボクにもタメ口だし」

そうは言っても、今更敬語を使われるのも少々気持ちが悪い。
敬語──そんなこと自分が言えたことではなかった。彼女はトウマよりも一つ年上だったというのに、最初から最後までタメ口だったのはどこの誰だったか。

直ぐに愛しいあの人を想ってしまう己の思考を振り払うように、トウマは水蓮に沢山の口付けを落とす。 大人ぶっているクセにキスの一つで顔を赤らめるところや、煽る割には焦らしに焦らすところ。水蓮は彼女と少し似ている節があった。

トウマの下で声を漏らすこの少年に集中しなければならないのに、脳のどこかでは必ず彼女が、寂しそうに眉を下げ微笑んでいるのである。そんな遠くに居ないで出来ることならば、もっと近くに、君のもといたこの世界に、トウマの隣にやってきて、そして

「──トウマ」

互いに汗ばんできた身体と熱い吐息。二人の興奮は最高潮に達していた。そんな時に彼はトウマにストップをかけ、静かに訊く。

「いま、トウマ、誰のこと考えてたの」
「…………」

水蓮はトウマの腕を握り、無意識なのか爪を食い込ませた。

「いまは僕と、してるんだから、僕のこと考えてよ」

そして彼は、必死にトウマの唇に食らいついた。
誰のことを考えていた?
嗚呼、確かにそうだ。少なくとも彼のことは考えていなかった。

「……なんてね。僕のことだけ考えてなんて、そんなの、無理でしょ」
「いや、ボク……」
「……本命いるんでしょ。気づいてないと、思ってたの」

その本命の子はもう死んだよ──そうは言えず、そのまま二人は無言で行為を続けた。その間も彼ただ一人を考えているのは、トウマには出来なかった。

2/26/2024, 3:03:39 PM