それは雨が降り始めて何日めかの、夕方の事だった。
いつ陽が昇り、いつ沈んだのか分からないほど雨は長く降り続いている。灰色の景色の中でしとしとと鳴るその音を聞き続けていると、雨はこのままもう二度と止むことは無いのではないかと思われた。
「こうも続くと、雨は嫌いじゃないと言っていたあなたも気が滅入るんじゃありませんか?」
努めて明るく問うた。
窓から見える景色は雨に煙っている。石畳の街も、教会の屋根も、その先に見える森も輪郭がぼやけて、人の姿さえもぼんやりとしか見えない。
返事が無いことを訝しみながらチラリと横目で見ると、彼は今にも泣き出しそうな目をして呟いた。
「困ったな·····。還れなくなってしまう」
「――」
その声があまりに頼りなく、力無く聞こえたことに衝撃を受ける。咄嗟に伸ばした手で彼の手を握ると、絡めた指に力を込めた。
「かえらないで」
「でも、私は·····」
このまま雨が降り続けば、何もかもが水に沈んでしまうかもしれない。
街も、森も、·····彼が育った、美しい湖も。
そうなったらこの狭い部屋で二人きり、ずっといられるのだろうか。やがてこの部屋も水に呑まれて、彼も私も、一緒くたになってしまうのだろうか。
「かえらないで」
もう一度言うと、彼は私の手を握り返してくれた。
「·····わかったよ。もう、かえらない」
その言葉は、私にとってどんな愛の告白よりも美しく、尊く響いた。
END
「降り止まない雨」
5/25/2024, 4:11:07 PM