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こぼれたアイスクリーム/真夏の記憶
甘くて溶けない貴方でいて



百合っぽくてオチもなく意味もない




 べちゃっ、と、ピンク色がコンクリートの地面にぶちまけられた。
 私と彼女のちょうどひと一人分あいた空間、お互いのつま先の中間点に広がったそれは、まるでペンキ缶をひっくり返したような惨劇で周囲に飛び散っている。イエローのマニキュアを塗った足の爪や、シルバーのサンダルに、パステルカラーの飛沫がかかっていて、私はぼう然とそれを数瞬見つめていた。なんだか派手だし子供っぽい色あいだなあとぼんやり思いながら、同じく固まる向かいの彼女をちらとうかがう。

 彼女は大きなピカピカの瞳で落ちたアイスを見つめていた。右手には飾りのないコーンだけを握りしめている。最近成人した女性とは思えないほど間抜けた表情であった。
「うふ」
 ぶちまけられたストロベリーアイスから噴き出した私に意識がうつったのか、彼女はジロリとこちらを睨め付けた。
「いや、ごめん。ふふ」
「なによう」
「ううん、なんでもないの。うふふ。違うのよ」
「違う?違うってなにが?間抜けな私より面白いものなんていまここにないと思いますけど?」
 フン!と彼女は鼻を鳴らす。そのツンとした態度がなおさらおかしくて、私は笑いそうになる口元を片手で抑えた。もう片手で持っている、欠けたバニラアイスがたらりとコーンを伝って手を汚す。

 私たちがついさっき寄ったパーラーは目測十メートルほどしか離れておらず、この夏の暑さをどうにか和らげようとアイスを買い求める少女達が引き寄せられている。出てきた子たちは美味しそうにアイスにかぶりついていて、ついさっきまで私たちもそうだったのを思い出す。つまり、踵の高いヒールを履いてきた彼女がちょっと躓いて、そのままポンとストロベリーアイスがコーンから転げ落ちるまでの短い時間のことである。
「買いなおしましょうよ」
 提案すると、彼女はそっぽを向いたまま「...」と口をへの字に曲げた。ヤダということらしい。意地っ張り、と、私はため息を吐く。故意に落とした訳でもないのだから、別に事情を伝えるでもしてもう一度同じものを買えばいいのに。それが恥ずかしいというのなら理解できなくもないが、店主だって“こんな事故”は慣れっこだろう。その人が「アイスを落としたの」と言う彼女に同情したような表情を浮かべるだろうことは容易に想像できる。
「アイスいらないの?」
「べつに。いいわ」
「でも暑いでしょ。ひと口しか食べてないし」
「気分じゃなくなった」
 嘘つけ、と私は思った。思ったが、口にしなかった。絶対に機嫌が悪くなるからだ。いまだってそうではあるけど、この状態はまだ13階段を1段登ったくらいのものである。ポーズに近い。
 私は「連れたって歩くのに私だけ食べてるの、なんか気まずいのよね...」と思いながら、持っているアイスを見つめる。雪のように真っ白いバニラアイスが太陽の熱でとろりと溶け、混じるバニラビーンズが甘く香った。でもそれ単体を舐めると、なかなか苦いことを知っている。すこし崩れたアイスは真珠みたいに表面がツルッとしていて、手の甲を一筋流れる白い細流はいささか不快だった。
「じゃあ、分かったわ、これあげる。半分」
 私はずいと片手を差し出す。空を睨んでいた彼女の瞳がついと手元へ滑り落ちた。
「私そこまで卑しくないわよ。欲しがってなんかないわ。コーンはあるもの。じゅうぶんよ」
「んふ、そうじゃなくて。ね、半分こしましょ。私全部食べられる気がしないのよ」
「この間三段重ねの分厚いパンケーキ食べてなかった?」
「あれほとんど空気だったじゃない」
「いやホイップとか果物めちゃくちゃ乗ってた...」とブツクサ言う彼女を無視して、私は「ねっ」と一歩近づく。
「あのね、もう溶けてきてるのよ。食べてるあいだに全部無くなりそうなの。それって勿体無いでしょう。だから“手伝って”ちょうだい」
 大体ほとんど本音で、ほんのすこしだけ嘘だった。彼女はム、としたまましばし動かずにいたが、ようやく「そこまで言うなら」とばかりに大きなため息を吐いた。面倒くさそうな顔をしているので、たぶんいろんなことがバカバカしくなったのかもしれない。
 しかしそれでも「仕方ないわね。食べてあげるわよ。感謝しなさいよね。ほらスプーン寄越しなさい」と私の“ほんのすこしの嘘”に付き合ってくれる。私がバニラアイスを好きなことを彼女は大昔から知っているし、このくらいの量をぺろっと食べ切れることも同様だ。
 私は「ありがとう」とニコニコ笑い、彼女にスプーンを渡すべくアイスに突き刺さったままのそれを引き抜く。
 その瞬間である。
 思ったより深く刺してしまっていたらしい。スプーンを抜いた拍子に、ころ、とアイスがコーンの縁を超えた。あっと思う間もなく、べちゃっ、とそれは地面に落ちた。
「...」
「...」
 私たちはしばらく、マーブルになったピンクと白の模様を見下ろしていた。こんなことがあるのか...と思ったし、こんなことがあってたまるか...とも思った。しかも私たちの手には空っぽのコーンだけが握りしめられていて、間抜けを体現したような姿である。なんというか、恥ずかしいというより、虚しい。蟻が一匹二匹と集まってくるのも、その気持ちに拍車をかける。
「ねえ」ふいに彼女がポツリとつぶやく。私は「うん」と続きを促した。
「コーンにアイスを乗っけるなんて、誰が考えたのかしら」
「...さあ?」
「蛮行よね」
 そこまで...?と思ったが、哀愁漂う彼女の言葉尻に、私は口をつぐむ。
「今度はカップにするわ」
 ものすごく真面目に宣言する彼女に、私はちょっと笑いそうになった。いや、同意はする。こんなに食べるのが下手くそな私達には、コーンでアイスを食べるなんてまだ早すぎたのだ。
「私の家で練習しましょ。アイスもコーンもぜーんぶ揃ってるの」
 言うと、彼女はニヤッと笑った。
「練習?」
「そう。お上品にアイスクリームを食べられるようになる練習」
「私、成功するかしら」
「私も不安よ。今みたいに落としてしまったら、怒り狂った母に何を言われるか...想像しただけで鳥肌が立ってしまうわ...」
 ぶ、と彼女が噴き出した。私も釣られて、堪えきれずに笑ってしまった。バカバカしい会話だ。でも「本当よ、ふっ、ふふ、いったいどれくらい練習したらいいのかしらね...」と続ける彼女に「成功するまでに決まってるじゃない...」と神妙な顔を作って返す私も大概である。

 彼女とは小さい頃から一緒にいた。産まれてからずっとだ。学生になってからも、関係性だとか話の内容だとかも全然これっぽっちも変わらないものだから、きっと一生くだらないことでくだらない会話ばかりするのだろう。そんな予感めいた確信があった。だから、まったく私たちって成長しないわね、あんたって本当にバカね、とお互いに呆れながら、それでも離れることができないままでいる。たぶんあっちもそうなんだろうと思う。でなければ、こんな面白くもない茶番劇を無駄に真面目くさった顔でやりはしない。
「何味あるの?」と、彼女が首を傾げる。私は何があったかなあと思いながら、冷凍庫の中身を思い出す。
「チョコとストロベリーとバニラ、あとクッキークリーム」
「バケツみたいな大きさのやつで?」
「バケツみたいな大きさのやつで」
「アイス富豪って呼んでもいい?」
「貴方が人前で呼んで恥ずかしくないならいいわよ」
「ねえアイス富豪、ディッシャーってあったわよね?」
「あるけど。呼ぶのね」
「トリプル乗せしてみない?」
「贅沢ね。したい!」
「どっちが綺麗に盛り付けられるか勝負ね」
「すぐ勝負したがるんだから...」





全て非現実女子同士のファンタジー100%会話と関係
こういう口調の女の子がすごく好きだけど自分が書くってなったら別だなと思った 上品にならないし知性がない 

✍️気をつけたい:思いつきで適当に設定付け足していかない。おもしろくないギャグに逃げない。👯‍♀️







 
 

8/12/2025, 4:55:50 PM