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その日は朝から雨が降っていた。

バケツをひっくり返したような酷い雨が窓に打ち付けられ、バチバチと音を鳴らす。もう午前9時を過ぎているというのに窓越しに見える景色は薄暗く、そしてひどく濁った空だった。

傑は無表情で窓際に佇み、静かにそれを見つめていた。

いつもならこんな休みの日は部屋に篭り、何をするでもなく鬱々と一日を過ごしていただろう。悟も休みが合えば当たり前のように部屋を訪れ、桃鉄をやるのがお決まりだった。

悟は今日は任務だっけ。

ふと、時計を見ると10時30分を回っていた。
傑は徐に上着を取り部屋から出ると、外出届も出さぬまま、高専の外に歩き始めた。

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「あら、珍しい。来るなら連絡をくれたら良かったのに。雨で濡れてるじゃない。ほら、早く入って。」

実家の玄関先で母が笑顔で、おかえり、と出迎えてくれた。
最近は立て続けに任務が入り、実家に立ち寄る事も電話をかける事も滅多になかった。そんな息子が訪れたのだ。母はとても嬉しそうだった。

「今日はお父さんもいるのよ。タイミングが良かったわね。」

「そうなんだ。それは嬉しいな。会いたかったんだ。」

そう言うと母はふふっと笑って傑の肩をポンと叩く。

玄関をくぐると懐かしい匂いがした。
リビングのソファに座り新聞を読んでいた父も息子の帰宅に気付き思わず顔が綻ぶ。

「何食べたい?急に来るから大したものは作れないけど。」

母は冷蔵庫の中を覗き込み、ガサガサと食材を見繕っている。
オムライスなんてどう?と言うと傑はいいね、と答えた。

どこにでもあるような幸せな家族の姿がそこにはあった。他愛もない話をして、どこからでもなく引っ張り出してきた中学の卒業アルバムや小さい頃の写真を見て会話に花が咲いた。

本当にこの2人から貰った愛情は計り知れない。傑が変なものが見えると打ち明けた時も、疑うこともせずただ信じてくれた。本当に心から大好きで大切な存在だった。

…これからもずっと。

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「ご馳走様。すごい美味しかったよ。やっぱり母さんの料理、好きだな。」

「あら、そんな褒めても何も出ないわよ。」

母はにこにこと笑う。

「母さんがこんな笑ってるの久々に見たよ。傑が帰ってきて嬉しいんだろう。これからはもっと帰ってきなさい。」

傑は父の優しい物言いが好きだった。低いトーンの落ち着いた声もとても心地よかった。

傑はさっと立ち上がり母と父の前に立ち深くお辞儀をする。

「父さん、母さん、ここまで育ててくれて本当にありがとう。」

傑がそう言うと不思議そうな顔でこちらを見つめてくる2人に、聞こえぬ程の小さな声で

「ごめんね。」と呟いた。

「あらやだ。急に何?そんなに改まっ…………」

母が言い終わらぬうちに呪霊を顕現させ母の首を噛みちぎらせた。

「傑!!」
「お前…なんてこと…ぐはっ………」

父の言葉も遮った。

傑はあたり一面の惨状を無表情でただ見つめていた。

もう元には戻れないのだ。非術師は皆殺しにしなければならない。それが愛している両親であっても。

返り血を浴びて着ていた白いシャツが紅く染まる。
顔に付いた血を手で拭えば、拭いきれなかった血が口の中に流れ込み、酸っぱくて苦い鉄の味がした。

両親を手にかけても不思議と何も感じなかった。後悔も悔恨も何もなかった。最後にこの2人を殺すのが自分であった事に安堵すらした。

「さて…。」

そう言うと汚れたシャツを脱ぎ捨て、新しいシャツに着替えると、なんの戸惑いもなくその場を立ち去った。

術師だけの新しい世界を作るんだ。

そう思いながら軽い足取りで玄関をくぐると、あんなにひどかった雨はすっかり止んでおり、空には綺麗な七色の虹が出ていた。

12/8/2023, 2:55:06 PM