今日のテーマ
《だから、一人でいたい。》
人間誰しも、1年365日ご機嫌で過ごせるわけではない。
体調が悪い日もあれば、気分が鬱ぎ込んでしまう日もある。
私にとっては今日がそういう日だった。
低気圧の影響を受けて重く痛む頭。
雨のせいでクセ毛はいつも以上に収まりが悪く、みっともなくない程度に纏めるのに時間を要し。
トーストは焼き時間の設定を誤って黒焦げ。
おまけに昨日の夜に送った彼氏へのLINEには未だに既読が付いていない。
体調もメンタルも朝から最低最悪だけど、だからといってこの程度のことで欠勤するわけにはいかない。
仕方なく、私は頭痛薬を飲んで重い足取りで出勤した。
昼休みになっても気分は重たいままだった。
相変わらずLINEに返信はないし既読もつかないまま。
こういう時に限って仕事もうまく回らない。
自分だけじゃなく、周囲も小さなミスが頻発していて、それが積み重なって益々ストレスが増すばかりだった。
「先輩、お疲れ様です。今日はお昼どうします?」
「悪いけど、今日はあまり食欲がないから他の人と食べに行って」
「大丈夫ですか? 朝から顔色もあまり良くないですけど」
「いつもの頭痛だから心配しないで」
頭痛は朝に飲んだ薬のおかげでだいぶ軽くなってはきてるけど、嘘も方便。
心配させちゃうのは心苦しいけど、こんな風にカリカリしている時は一人で過ごす方が気が楽だ。
普段なら受け流せるようなことでも苛立ってしまいかねないし、うっかり余計なことを言って波風を立ててしまう可能性もある。
お大事にといって昼食に出かけていく後輩を見送り、私は冷蔵庫に常備してあったゼリー飲料を取り出して席に戻った。
10秒チャージという謳い文句のそれをゆっくり飲み下し、人心地ついたところでもう一度スマホを見る。
何度見ても、やっぱり彼からの連絡はない。
本当は、今日は半月ぶりにデートする予定だった。
だけど、待ち合わせ場所や時間をどうするのか聞いたメッセージは当日の昼を過ぎても未読スルー。
最近「仕事が忙しい」と約束を反故にされることも多かった。
そろそろ潮時なのかもしれない。
つきあおうと言ってきたのは彼からだった。
大学時代に友達の友達という形で知り合い、共通の友人と共に遊んだり飲みに行ったりする仲だった。
卒業して暫く疎遠になってたけど、1年ほど前にばったり再会して、そこからまた友人として会うようになって。
大学の頃から好きだったんだと言われた私が、内心どれほど嬉しかったか、彼は知っているだろうか。
大学時代にも恋人はいたけど、どの人とも長続きはしなかった。
彼とはこれまでで一番長く続いてたけど、もしかしたらこれで終わってしまうのだろうか。
喧嘩をしたとか、怒らせたとか、そういう心当たりはなかったけど、それは私がそうしたサインを見落としていただけなのかもしれない。
さっきお昼に誘ってくれた後輩ちゃんは、来月に結婚式を控えてる。
いつもは笑って聞いてあげられるノロケだけど、今日の私はきっと平静で聞くことはできないだろう。
それどころか、幸せそうな彼女を見て、嫉妬でやつあたりしてしまうかもしれない。
だから、今日のお昼は一人で過ごすことを選んだ。
昼休みが終わるまでには気持ちを切り替えなきゃ。
自分にそう言い聞かせながら、私はため息と共にスマホをバッグにしまう。
代わりに頭痛薬を出して、デスクの上のミネラルウォーターで飲み下す。
頭痛と一緒に、このどんより重たい気持ちも晴れたらいいのにと願いながら。
体調が芳しくない時というのは気持ちもネガティブに傾きがちになるし、集中力が欠ければミスも増える。
昼休みに飲んだ薬が少しずつ効いてきたのが良かったのだろう、午後の仕事は午前よりも順調に捌くことができた。
おかげで気持ちにも少しずつゆとりができてきた。
もしも彼から別れを切り出されても動じないようにしようと思えるほどに。
彼とはとても良い関係が築けていた。
喧嘩をしたこともあったけど、振り返れば全体的にはいい思い出の方が多い。
別れを思えばどうしたって気持ちは塞ぐし、挽回できるならそれに越したことはない。
でも、もし彼の決意が固いようならその意志は尊重してあげたい。
彼がいつも私の気持ちを尊重してくれたみたいに。
きっとすぐには割り切れない。
私は暫く彼を引き摺るだろうし、今から新しい恋愛を望むのは難しいだろうとも思う。
だけど、無理に誰かとつきあってまた傷つくくらいなら、彼との思い出を胸にこのままお一人様生活を送るのも悪くない。
そんな風に妙な方向に吹っ切れた私が駅に向かうと、改札で彼が待ち構えていた。
LINEの既読がつかなかったのは、昨日スマホを壊してしまったからだという。
彼の仕事が忙しかったのは期間限定で副業をしていたためで、それは私との結婚資金を手っ取り早く貯めるためだったと知るのはもう少し先の話。
8/1/2023, 9:59:07 AM