前回投稿分からの続き物。
最近最近の都内、某稲荷神社を出発したレンタカーは、運転手の故郷ちかくの祭り会場に到着。
運転手は名前を藤森といい、
故郷の大イチョウの木の下に封印されているという、「異世界と繋がっている黒穴」に用があった。
その黒穴の封印さえ解除すれば、発展途上であるこの世界と先進世界とが繋がって、
文字通り「規格外」の先進技術により、気候変動をたちまち解決できるという。
藤森に黒穴の情報を耳打ちして、黒穴の封印を解かせようとしているのが「世界多様性機構」。
黒穴の封印を解かせまいと、藤森の車を追いかけるのが「世界線管理局」。
藤森はただ、気候変動と地球沸騰、技術開発によって数を減らし続ける希少な花々を救いたくて、
機構の耳打ちに乗り、管理局の監視と追跡から隠れて逃げて、レンタカーを走らせた。
異世界組織から情報を得て、
異世界組織に追われながら、
異世界とこの世界を繋ぐという穴に向かう。
藤森の夏は完全にスペクタクルである。
休憩と、それから稲荷神社から借り受けた子狐の機嫌取りのために立ち寄った夏祭り会場で、藤森は職場の同僚とバッタリ出会った。
同僚は名前を、付烏月と書き、「ツウキ」と読む。
お題回収はここから。
祭り会場から離れた暗闇で、藤森と付烏月は炭酸飲料の缶を手に隣り合って座って、片方は無口。
藤森だ。 付烏月は無言の藤森に、何十分、1時間以上、自身の立ち位置と心境を語っている。
付烏月がまさかの、藤森を追う側の組織所属、
世界線管理局の制服を着ていたのだ。
「なぁ藤森。ゴメンって。俺が管理局の人間だったのを黙ってたのは謝るって。許してよん」
「……」
「ハナシだけでも、ねぇ、聞いてって藤森。
ホントに俺、お前と敵対するつもりは無いって」
「……」
「ふーじーもーりぃー……」
夜であった。
祭り会場の十数キロ先、藤森と付烏月の視線の先では、美しい花火が10発20発。
気まずい2人との対比に、明るく、美しく。
周囲を照らして破裂音を置き去りに、光の芸術を遠方まで届けている。
『ぬるい炭酸と無口な君』。
露店で購入した炭酸飲料は、手の温度と時間経過でぬるくなっており、藤森は口を閉じている。
藤森の胸中は完全に混乱していた。
今まで都内の私立図書館で一緒に仕事をしていた付烏月は、藤森に多くの知識と知恵を――特に「ちょっとした心理学と脳科学」とを、少し吹き込んだ。
約10年前の藤森は付烏月のおかげで、少し人付き合いが得意になったし、
去年の藤森は付烏月のアシストで、とある長年の問題を解決することができた。
付烏月は自分の味方であると、藤森は確信し続けていたし、事実付烏月もそのように在った。
そんな付烏月が、まさかの「藤森を追跡する側の制服」を着て、藤森の隣に座っている。
何が目的だろう。
藤森は付烏月の意図が分からない。
付烏月はイタズラを好むパティシエだが、決して、断じて、頭の悪い男ではない。
藤森が故郷の大イチョウの封印を解き、先進世界とこの世界を繋ごうとしていることは、管理局員なら当然の情報として掴んでいただろうし、
その管理局の制服を着て藤森の目の前に出てきたら、藤森自身がどう感じるかなど、数パターンのシナリオで想定できているハズの男である。
何が、目的だろう。
何故わざわざ、今日この日に、管理局員としての身分を開示して自分と合流したのだろう。
ぬるくなった炭酸飲料をそのままに、藤森はただ考えて、予想して、結局思考が全部とっちらかった。
付烏月さんはどっち側の人間だ??
「俺は、俺の宝物の味方だよん」
藤森の混乱を見透かす付烏月の返答は軽かった。
「だけど、俺が異世界組織の人間なのも事実で、
俺の所属してる部署が、お前のことを追っかけて、捕まえようとしてるのも事実。
それだけだ。 それだけだよ。藤森」
トン、と藤森のヒザの上に、銀色の液体で満たされた小さなボトルが置かれた。
「お前にこれを、届けたかったんだ」
付烏月は言った。
「管理局収蔵品、『夢見猫の銀色インク』。
本来の使い方とは違うけど、これだけの量があれば、小さな願い事なら3個は叶う。
自分が居る場所の未来を覗くとか。
自分の姿を十分くらい透明にするとか。
自分が居る場所の過去に飛んで、1株だけ、『お前が本当に救いたかった花』を取ってくるとか」
よくよく考えて使うんだよ。
なんてったって、願い事が叶うインクだから。
付烏月はそう言って立ち上がり、無言で困惑の目を見開く藤森の視線を受けた。
「じゃあね。藤森」
付烏月が言った。
「『ここ』は俺が、管理局のカラスとしてじゃなく、お前の友人の付烏月として、引き受けるから」
どういうことだ?
藤森が首をかしげる間もなく、背後から声がして、
藤森はすぐ「ここ」の意味を理解した。
「世界線管理局法務部、執行課のルリビタキだ。
藤森、お前が大イチョウの封印を解いてこの世界と別の世界を繋ぐつもりなら、
お前を一時的に、この世界の脅威として拘束する」
「行け!藤森!」
戸惑う藤森の背中を付烏月は力強く押した。
「機構にそそのかされてじゃなく、管理局に禁止されてでもなく、お前の考えのために!」
8/4/2025, 3:14:57 AM