KAORU

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 コンコン、ノックの音。
 恐る恐るドアを開ける。と、隣のアパートの住人さん。見覚えのある顔に、ほっとしながら、
「……はい?」
 5センチ開いた隙間から訊いた。
「すみませんいきなり。あの、なんか火をつけられるものないですか」
 彼はパーカーのフードを被ったまま言った。
「火、ですか」
「うん、チャッカマンとか、マッチ、ライターでもいいす。ろうそくはあるんだけど、点けるモノがなくて」
 俺タバコ吸わないんでと聞いてもいないのに付け加える。
「チャッカマン、あります」
 あたしが言うと、良かったとフードの奥で笑顔になった。
「少し貸してください。当分電気止まってそうだし、夜明かしするにしても灯りぐらい点けとかないと」
 いいな、と思ったのが顔に出たらしい。彼が「君も一人暮らしですよね。灯りになるようなの、ある?」
と訊いてきた。
 タメ口と敬語がごちゃ混ぜだ。何歳かわからない者同士だからだろう。
 あたしが顔を横に振ると、「うちのろうそく、分けてあげるよ。夜中、真っ暗だと心細いよね」と言い募る。
「ほんとですか、助かります。携帯のバッテリーもやばくてどうしようかと思ってたんです」
「俺も、チャッカマン借りるから、お互い様。じゃあ今持ってくるね」
 彼は言って踵を返す。ーー隣の部屋に行きかけて、足を止めた。振り返る。
「あの、こんな時だから声かけ合おうぜ。何かあったら、隣にいるから、いつでも呼んでください」
「ーーありがとう」
 優しい言葉にうるっときた。
 大学の授業を終えて、アパートに帰り着いた頃合いを見計らったかのような大地震。電気、ガス、水道は止まり、ライフラインは絶たれた。
 親元を離れ、都会で一人暮らしのあたしは怖くて怖くて泣き出しそうだった。ーー誰か、助けて。
 お母さん……

 そんな時、ピンポーンとドアチャイムが鳴り、お隣の彼が現れたのだ。
 いい人! 今まで外階段とかですれ違っても、目礼ぐらいしかしたことないけど、ほんとお隣さんがいい人で良かった!

 あたしは彼からお裾分けしてもらったろうそくに火を灯した。柔らかい光が強張った心を解いてゆく。
 あたしは、頬杖をついてふふ、と笑った。
「これってろうそくじゃないじゃん……アロマじゃん」
 いい香り。余震に怯える夜をじんわり包み込む。
 今彼もこの香りを嗅いでいるかな。と、あたしは彼のいる部屋の方の壁を見つめた。

#柔らかな光

10/16/2024, 10:43:31 AM