宮沢 碧

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2024/06/21

『私は私の為に花を買うよ』

宮沢 碧


 珈琲は飲まなくなった。自分のために丁寧に入れるのは無精な私には無理。でも慣らされた舌とは不思議でインスタントではもう違和感を覚えて飲めない。

 スクランブルエッグは甘めに出来る。そこに海外製のでっぷりした濃いケチャップをかけるのがお気に入り、最高。ウインナーだって忘れない。ぺろっとフィルムをめくってスライスチーズを乗せれば至高。鶏レバーのパテもお皿に添える。

 でも不思議。

 昨日の夕飯の残り物が増えていくの。洋風にしたはずの朝ごはんに昨日の切り干し大根を添えざるを得なくなる。昨日炊いたご飯を温める。冷蔵庫の鮭は昨日の朝焼いた。どんどん残っていくの。作るのをやめたらいいのかもしれないけれど、何か新しいものを作らないではいられない。

 あなたの不在に耐えられない。

 閉めたままの窓からカーテン越しの朝日がテーブルに差し込む。やさしく亜麻色に光る木のテーブル。

 さすがにお皿を用意したりも、ランチマットを敷いたりもしない。

 いないことを理解しているから好きな味付けにしているくせに、食欲が落ちてる自分に気づかない。1人だとわかっているのに、なぜか少し多めに作ってしまう。

 前向きな心と後ろ向きな心が振れ幅の大きい振り子のよう。

 人はそれを依存というけれど、そういうものじゃないの、大体の関係って。馴染めば溶け合って、いない事に不自然さを感じて。

 相手のためにごはんを作る。相手がいるところを心にすこし作ってあげる。

 相手にしてあげられるのに、私は私の為に珈琲を淹れることができない。

 自分を甘やかしてあげることができたら。あなたのためを私のために変えたら。心のささくれを壁のようにパテで埋めて傷を治すの。私はレバーパテを口に運ぶ。

 ああ、そうだ、花を買おう。

 私は思いつく。

 私が眺めるためだけの花。

 私のために花を買ってあげられる人になる。

 珈琲を自分のために入れてあげられる人になるために。

 あなたがいたから自分を愛し直す。あなたが私ががっかりしない未来のために。


お題 あなたがいたから



6/21/2024, 6:59:48 PM