見咲影弥

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 もしタイムマシンがあったら、そんな話を息子が夕食の時にしていた。某アニメに影響されたのか知らないが、彼は唐突にそれを話題に出した。

タイムマシンがあったら、過去と未来どっちに行きたい?

そう聞いてやると彼は「未来!」と食い気味に言った。新しいゲームを一杯持ってくるんだ、と子供らしいことを言う。空飛ぶ車とか何でも言うこと聞いてくれるロボットとか、と彼は指を折りながら次々と欲しいものを口にする。未来のものを持ってきたことで生じる弊害について一切考えずに夢を語る、子供は羨ましいなぁと妬ましく思った。こんなくだらないことさえ現実的に考えてしまう自分が虚しくなる。

 子供が眠りについたあとで、安い酒をちびちびと飲む。リラックスした姿勢でテレビを見ている妻に話しかけてみる。

「なぁ、おまえは、もしタイムマシンがあったら過去と未来、どっちに行きたい?」

息子に聞いたことと全く同じことを妻にも尋ねた。彼女は化粧を落とした年相応の顔をぐしゃりと歪めて言った。

「過去、かな」

どうして、と聞くと、だってぇと言って彼女は気怠そうにソファに寝そべった。

「過去の自分に、あんたと結婚するなって釘刺しておきたいから」

ほんとさいあくぅ。
あたしの人生、こんなはずじゃなかったぁ。
せっかく産んだ子もあんなトンチンカンだしぃ。
あと、あんた最近すっごく臭いのよ。加齢臭じゃない?
近寄らないでよ、もう。あっち行って、あっち。

そんな散々な言葉を私に投げかけて、トドメを刺すかのように言う。

「あーあ。タイムマシンがあったらなぁ」

 
 気づくと、私は彼女に馬乗りになっていた。彼女はもう動かない。真っ白な顔で、白目を剥いて事切れていた。
 彼女の死を確認しても、私はどこか冷静だった。総てを受け入れていて、落ち着いていた。

 タイムマシンがあったら、か。

そんな魔法のような乗り物があったとして、過去に戻って凶行を起こした自分を止めようなどとは思わない。

これでよかったのだ、これで。

 寝床に行き、息子の寝顔をそっと撫でた。彼はぐっすり眠っているみたいだった。そうと分かると私は物音を立てないように寝室を出て、準備を始めた。

1/22/2024, 1:11:54 PM