Ryu

Open App

死んだわけでもないのに、夜中に目を覚ましたら、20歳の自分が枕元に立っていた。
自分で自分を驚かすな。もっと明るい時間にしてくれ。

「タイムリープ先の時間は選べるんだけど、他の人に見られない深夜がいいかなって」
タイムリープって…普通は未来からやって来るもんだろ。
「俺は平行世界の俺なんだよ。とうの昔にタイムトラベルが可能になった世界線の」
そりゃそうだよな。
俺が20歳の頃に、タイムリープなんて出来るわけもなかった。
まあそれは今もだが…なんか、世界線の差が大き過ぎないか?

「そんなことどうでもいいけどさ、どうなのよ、人生の半分を終えたこの時代の俺ってのは。それを聞きに来たんだよ」
いや…それは自分の世界線にいる自分に聞かないと意味がないんじゃないの?
なんせ、タイムトラベルが出来る出来ないの差があるんだから。
「そーなんだけど、それは禁止されてんのよ。ほら、何かをイジって歴史を変えちゃマズイじゃん?」
未来の出来事も歴史って言うのかな…よく分からないけど、平行世界とやらまで足を伸ばして行き来出来るようにするとは、この世は何でもありだな。
…いや、別の世界か。

「だから、自分がどうなってるかじゃなくて、その歳になった自分がどういう気持ちでいるか、それが知りたかっただけ」
気持ち?今の俺の気持ち?そんなもん知りたいの?
「今日俺、20歳の誕生日。周りからは大人になったとか言われるんだけどさ、実感がないわけよ。だから、人生の半分を生きた俺はどんな気持ちでいるのかなって」

…んー、気持ち…まず、大人になったつもりで生きてるけど、本当に大人になれたとは思ってない。
そもそも、どうしたら大人になったと胸を張れるのか、まったく分かってない。
ただ、それでも世間は大人として扱ってくるから、大人のフリをするスキルは身に付けたよ。
つまりさ、20歳になった頃の自分と、何にも変わってないってこと。

「やっぱそうだよね。俺は俺のまんまだよね。だって、いくつになったって俺だもんね」

他の人のことは知らないけど、俺はこのままでいいと思ってる。
逆にさ、生まれたばかりの何も知らない赤ん坊の頃から、20歳くらいまでに成長して変わったところはたくさんあると思うよ。
だから、20歳になったから大人、ってわけじゃなくて、20歳になるまでにいろんなこと覚えたね、っていう節目みたいなものじゃないかな。
今や法律上の「大人」は18歳以上だけどね。

「そしてこの先は、覚えたいろんなことを活かして、大人のつもりで生きていく、と」

そう、大人のフリをしないとダメな場面が度々あるからね。
知識はそれなりに増えるし、フリをするのも次第に慣れてくる。
でも、大人になれたというライセンスなんか貰えない。
周りを見回すとさ、これが大人のやることなの?って首を傾げる行為に明け暮れる人達があまりに多いと気付くよ。

「いるね。この間、テレビで『ぶつかりおじさん』のニュースを見たよ」

そっちの世界にもいるんだ、そんなの。
パワハラとかカスハラとかクレーマーとか、およそ小学生でもやらないようなことを平気でやる自称大人達がたくさんいるからね。
大人のフリすら出来ない人達。
まあ、こんな風に権力振りかざせるのが大人だと勘違いしてるのかもしれないけど。
会社や家庭じゃ偉そうな顔してふんぞり返ってるのかもしれないね。

「そうなると、『子供部屋おじさん』なんてのは一番素直な自己表現なのかも」

まあ…褒められたものではないと思うけど、大人になれない自分をよく分かってるとは言えるんじゃないかな。
でもやっぱり、大人のフリすら出来ずに両親に迷惑かけたり、社会に馴染めない自分を変えていく努力はしてもいいと思うけど。
どうしたって世間は、大人としてしか扱ってくれないんだから。
…とゆーか、おじさんの種類がこっちの世界と一緒なんだな。

「要するに、大人か子供かなんて、区別はないってことだよな。誰かが勝手に線引きしただけで」

そーゆーことだと思うよ。
…あ、ただひとつ、自分の子供が出来た時は、ホントに大人にならなきゃなって思ったよ。
この子達を守れる大人にならなきゃって。
人の親になるからには、子供のままじゃいられない、って使命感みたいなのは感じた。
感じて頑張ったけど、どんな父親なんだろうな、子供達から見たら。

「きっと、頼もしく思ってるよ。俺も、戻ったら親父と話してみる。親父とこんな話、したこともなかったけど」

そーか。寡黙な親父なのは、そっちも変わらないか。
そっちの世界の親父が、自分とそう変わらない年齢だなんて、なんだか変な気分だよ。
親父みたいにはなれそうにないと、ずっと思ってた。
俺にとっては、親父は立派な大人だったな。
俺なんかにこんな話を聞くより、親父と話した方がよっぽど心に響くもん貰えたと思うぞ。

「いや、そんなことないよ。あんたの話はすごく心に響いた。あんたを、大人として尊敬するよ。…あ、これ、自画自賛ってやつ?」

彼は、微笑みながら消えていった。
現れるのも唐突なら、去ってゆくのも忙しない。
余韻くらい残せっての。お別れの時ぐらい。
こっちからは会いに行けないしな。
誰よりも近い存在のはずなのに、この世界の誰よりも遠く…。

今年は、下の娘が成人の日を迎える。
機会があったら、大人について話をしてみよう。
20歳の俺みたいに、心響かせてくれるだろうか。

2/8/2025, 1:47:24 PM