そこにあるのは大小さまざまな数々の歯車たち。
木製のものから、金属製のものまで、新旧あらゆるかたちを成し、不揃いながらも複雑な掛け合いでゆったりと動いていた。
これがこの世界の裏側――人の手に触れられぬ領域。
彼らが創り出した色彩鮮やかな表の世界とは異なり、ここにはただ無色の世界しか広がらない。
「…言っただろう、世界は絡繰り仕掛けだと。華やかな見せかけの裏側なんて、こんなものさ」
音も立てずに静かに動く歯車に、触れようとした指先は届かない。見えない壁に阻まれて、ぴりと痛む。
「まだ無理だろうね。たかだか100回程度の繰り返しじゃ、小さな傷ひとつ付きはしないだろう」
それでもこんなに早く彼がこの場所に来れたのは少し意外だった。そもそもこの場所に人間が来れること自体があり得る話ではなかった。
始めは些細な興味と気まぐれな同情、そしてちょっとした反抗心と好奇心…つまりは暇つぶしだった。
与えるのは断片的な記憶と記録、そして理に反しない程度のわずかな指導。しかし、それでも彼はいつでもこちらの予想を上回り、そしてついぞ彼はこちらの領域に一步踏み込んだ。
私のこの胸の高揚を誰が知ることができようか。
「今君ができるのはここを見ることだけだ。小さな一歩かも知れないが、その意義はとても大きい」
「…また、ここに来ることはできるのか」
「わからないね。来れるかもしれないし、来られないかもしれない。…ここが人間の領域ではない以上、君が今ここにいること自体がイレギュラーなことだ」
世界の裏側を仰いでいた彼は、やがてくるりと踵を返す。その瞳に絶望はなく、ただ純粋な炎が揺らめく。
それでも彼の目指すべき場所はここなのだ。
果てしない望みを抱いて、途方もない道を選んだのだから、最後まで歩いてもらわないとつまらない。
「私はいつまでも待っているよ。君が再びここへ来ることを…君の望みが、成就することを」
にっこりと笑って告げた言葉が彼に届いたかはわからない。まるで異物を排除するかのように彼の身体は溶け出し、消えてしまったからだ。けれど彼はいなくなったわけではない。彼は再び世界を動かす歯車として、この仕掛けに戻っていっただけだ。
世界は動く。
同じ時間を、変わらない日々を。
けれどそれを壊すことができたのなら、
この世界はいったいどうなるのだろう。
【無色の世界/花冠】
4/18/2024, 1:56:33 PM