谷間のクマ

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《涙》

「おーい、蒼戒ー! あーおーいー! どこ行ったー?」
 これは10年くらい前の俺、齋藤春輝と双子の弟の蒼戒が小学生になったばかりの頃のお話。
 午後7時過ぎ、夕飯の時間なのに姿が見えない蒼戒を探して俺は家の中を歩き回る。ちなみにこの頃はまだ俺がご飯を作っていて(壊滅的だったけど、親父は出て行ったし母さんは仕事でいないし蒼戒はやる気がないから俺がやるしかなかった)、蒼戒は道場で剣道をして帰ってきたところで部屋にいるはずなのだが部屋にいないのだ。
「蒼戒ー、メシ冷めちゃうぞー?」
 全然見つからないからおかしいなぁと思い始めたその時。上からすすり泣くような小さな声が聞こえた。
「上……ってことは屋根の上かな」
 とりあえず一度ベランダに出てみると、サンダルが一組足りなくて、普段は横になっているはずのハシゴがかかっていた。蒼戒が屋根の上にいるのは確実だと思うんだけど、今行ったらジャマだろうな……。
「あと5分くらい待ってからにしようかな」
 幼心にそう思って、俺はベランダから星空を見上げる。
 季節は春、星は綺麗だけど朝晩はまだまだ冷える。蒼戒、風邪引かなきゃいいけど(ここで自分より蒼戒の心配をしてしまうあたり俺は生粋の弟バカだ)。
 そんなことを考えている間にも、すすり泣くような、小さな声が聞こえてくる。
 内容はあまり聞き取れないけれど、想像はつく。先日……と言っても数ヶ月前……に死んだ姉さんのことだろう。蒼戒は姉さんによく懐いていたし、いなくなってつらいだろうから。
 それでもこうして一人で泣いているのは、きっと俺に心配をかけないため。あいつは変なところで意地っ張りで強がりで、すごく優しいやつだから。
 ったく双子なんだからそんなの気にしなくてもいいのによぉ。
 となんだかんだで時間は過ぎて、俺はそろそろいいかな、というタイミングを見計らってハシゴを登る。
「あー、こんなところにいた蒼戒! ご飯できたから食べよーぜ!」
 そして何も知らないように声をかける。
「春、輝……?」
 蒼戒は驚いたように目を丸くして、慌てて涙を拭う。
「ほら、早くしねーと冷めちゃうぜ! 行こっ!」
 俺はそう言って蒼戒を屋根の上から連れ出す。
「え、あ、ちょっと待って……!」
「待たないもーん。今日のは自信作だしー!」
「どうせ黒焦げなんだろうが」
「そんなことないもーん」
「じゃあ半生? それはそれで嫌だ」
「そ、そんなことないもーん」
「今ギクッてしたろ?」
「し、してない!」
「嘘つけ」
 このくらい雑談をできるようになればもう大丈夫。泣くだけ泣いたら、俺が笑わせてあげるから。だからお前は安心してればいい。
「嘘じゃないよーだ! あっそうだ! 明日からお前が作れば済む話じゃんか!」
「ヤダね。だったら別に食べなくてもいいし」
「だめだよーだ!」
 こんなことを話しながら、俺と蒼戒は階段を駆け下った。
★★★★★
 時は流れて大体10年、俺たちは高校生になった。
「おーい、蒼戒ー! あーおーいー! どこ行ったー?」
 高校生になっても蒼戒は相変わらずで、一人になりたい時は大体屋根の上にいる。
「あー、いたいた蒼戒! 一緒にメシ食べよ!」
「……春輝……? 断る。一人で食べろ」
「ヤダねー! 蒼戒と一緒じゃなきゃ食べない!」
「じゃあ餓死しとけ」
「鬼かっ!」
「鬼だが何か?」
 そしてタイミングを見て屋根に上がって、蒼戒を屋根の上から連れ出すまでがワンセット。たまに泣いている時は、たっぷりと時間を置いて。
「オメーは鬼じゃねーだろ? それに、」
 俺はそう言ってそっと蒼戒の目元を拭う。
「涙が拭いきれてないぜ?」
「……なっ、何すんだ馬鹿!」
 蒼戒は一瞬目を丸くして、俺の手を振り払う。
「どーせ俺は馬鹿ですよーだ。さ、メシメシ!」
 馬鹿は馬鹿でも、弟バカだけどな。
「いくらなんでも切り替え早くないか?」
「腹が減っては戦はできぬ! 腹が減っては泣けねーよ!」
「な、泣いてない!」
「はいはい。今日のことは黙っといてやるから一緒にメシ食べよー」
「……仕方ない」
 蒼戒はなんだかんだで優しいから、最後にはちゃんと頷いてくれる。
 というわけで俺と蒼戒はのんびり食卓を囲んだのだった。
(終わり)

2025.3.29《涙》
我ながらなんかめちゃくちゃだなー……
3.5《question》書きました!読んでくれると嬉しいです!!

3/29/2025, 4:22:10 PM