あにの川流れ

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 ゆらり、ゆらり……きぃ、きぃ……。
 窓際のゆりかごが揺れている。
 燦燦と照る夏の日差しが、木漏れ日のようにカーテンのレースの模様を床板で遊ばせている。小さな部屋で、空気が循環してゆく。
 ちらちらともてあそばれるゆりかごの中の赤ん坊は、血色を肌に透かせていた。

 窓枠の影がはっきりと浮かぶ板張りの上。そこに座る思春期前独特の雰囲気をまとった小さな人型。その銀髪がきらきらと光っている。
 まろみを帯びた頬、伏せ気味の鉄を溶かしたようなグレイの目、まばたくたびに揺れる睫毛。
 誂えた洋服で身を包む幼い体躯は床にぺたりと座り、片手は床に、片手はゆりかごをつかんでいる。

 その象牙の肌は陶器のようになめらかで、極々小さく軋みながらゆるやかに赤ん坊をあやして。

 「んふ、いい子、かわいい子。ほっぺたぷにぷに! んふ、ぼく、とってもうれしい」

 やわらかそうな布にくるまれて、ふっくらとした頬がかわいらしい赤ん坊。大きな目は溶かした鉄を冷ますように潤んで。
 少しずつ生えてきた細くやわらかい銀髪が陽光を反射してきらきらとしている。

 短かな指がその小さな頭をやさしく撫でた。
 掌を頬を。ふわりとした感触。持ち上げられた頬肉で片目が細くなった。

 きょとんと見上げてくる無垢で無知な視線がぶつかる。すると幼い顔に浮かんでいた笑顔の質が変わった。
 愛おしいものに向けるそれが、縋るような何かを耐えるような。
 どこか歪んでいて。
 どこか酷薄のような。
 それでも確かにその顔はしあわせそうに笑っていた。涙が浮かんでいれば、今にでも大粒の球体がぼたぼたと赤ん坊の顔を濡らしていただろう。

 「……はじめまして、かわいい子。真っ白で健気な子。あのね、きみのほうが、少しはやく生まれたんだよ?」
 「うー?」
 「そうなの。ぼくが年下なの」

 ゆりかごの中で自分を見つめるきょうだいの顔を撫でる。きらきらとお揃いのグレイの目がお気に入り。
 無垢な目許をそっと人工皮膚でできた指の腹でさわる。

 「あのね、きみのね、お父さんとお母さん……んと、いまはぼくのパパとママでもあるけれど、ふたりがね、きみにってぼくを買ってくれたの。ぼくってばとっても高性能。あのね、すっごく高いの。だいじにしてね?」
 「うむぅ、むぁ!」
 「んー? なあに?」

 両手で耳を覆うように。

 ダダダダダッ!
 バンッ! バンッ! ガンッ……!
 悲鳴、悲鳴、命乞い、悲鳴!
 ダダダッ、ズドンッ、ズドンッ‼
 ――――静寂。
 バババババッ‼

 「しぃー、だよ」
 「ぅあ?」

 指先がゆりかごのきょうだいをつつく。ぷっくりとした肌に指がわずかに沈み込んで。
 赤ん坊は無機質な手に怯えることもない。
 きゃっきゃっ、と手を伸ばして遊んでさえいるようだ。

 「冷たくないでしょ。あのね、ぼくの体温、三十七度に設定されてるの」

 そっと両手で抱き上げて、頭頂部に頬を寄せた。
 何とも言えない、脂のような甘いような、そんな独特なにおいが少しもどかしい。

 「あのね、聞いて。ぼく、人工知能があって感情も搭載。自分で考えて蓄えて応用して。あのね、はやくぼくとおなじ背になって? そうしたら、きっとぼくたち、とってもそっくりになる。見分けもつかないかも」
 「んばぁ」
 「ぼく、きみとおしゃべりするの、すっごくたのしみにしてるんだから」

 ウー……ウー……とサイレンの音が近づいてきていた。
 幼い体躯が赤ん坊をぎゅ、と抱き締めている。




#小さな命



2/25/2023, 3:30:06 AM