えむ

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日本に居れば経験し得ない光景が広がる様はまさに戦争と呼ぶに相応しい

目の前に惨状があるというのに何処か他人事でそう表現した

いや、したくなった

血の匂い、人の死体、倒壊しそうな建物、響く銃声や悲鳴

灰黒いぐずつき模様の空に火事場の溜息が昇る

こういうのを撮りたかった

一目見て分かる何かを
寧ろ目に映さねば分からない何かを
形に遺してみたかった

もう助からない人間が手を差し伸べても救いはしない
静かに「良いねぇ」とだけ呟いて写真を撮る

人の足音がしたら隠れ、シャッター音が鳴らないようサイレントで撮る

まるで森の中で小鳥を撮影するように風景に紛れる隠密行動

そのスリルも相まってアドレナリンとドーパミンがドヴァドヴァだ

もしかしたら落ちてる肉塊の1つになるかもしれない、流れる血に己を混ぜるのかもしれない

なのに足が止められない
胸が高鳴る

楽しい
楽しい

「母さん…っ」

まるで今は亡き母親の遺作を観た時のようで
小さく呟いていた

それと同時に自分が来た方向から大きな爆発音がした

見知った方向から黒煙が登り始める
いやな予感がした

それなのに呼吸が荒くなりセックスよりも気持ちいい感覚に陥る

この嫌な予感が外れてればガッカリしてしまうだろうか

当たっていれば吐精してしまうくらいに興奮するだろうか

殺されないように静かに
だけど早く歩を進める

サイコパスだと罵られるかもしれないがこの状況で自分は勃起している

細かな瓦礫や割れたコンクリートをスニーカーで踏みながら普段よりもうんと遅い走りを見せる

あぁ…嫌な予感は当たるものだ

自分が数分前まで居た…“八方組”の拠点が爆ぜている

窓ガラスは割れて中から赤い火を噴き出して
モクモクと遠目でも分かる黒煙が雲に混ざって

沈静化するには手遅れな雨が降り注いだ
最高のロケーションだ

もっと良い場所で撮りたい

そう考えて思い出した
拠点内には人が居た

自分の他に“ベル”と“ケンタ”という人が

死んでしまったのだろうか…
遺体は中にあるのだろうか…
だとしたら中に入らなければ…

『…いでよ!!!!』

歩いていたら聞き慣れた罵声が聞こえる
あぁ、生きてたんだ…
なんて考えながらそちらに向かった

そこにはベルと見知らぬ男女が居た
黒髪で筋肉質な男がベルの前にしゃがみ
黒髪から特徴的な白いエクステを垂らす美女はその2人を1歩離れたところから眺めている

『何処も痛くないわ!!だから離して!!』
『嘘だね、足は骨折してるし肋骨も数本イカれてる。見てわかるだろう?自分の指があらぬ方向を向いてる事くらい。』
『“シズク”さん、そんな詰めるように言わないで下さい。彼女は今…』
『お願いだからソッとしておいてよ!!!』

カシャッ

3人のやり取りの中酷く温度差のある音が響く
設定を間違えてた

でも爆発した拠点の前で仲間と見知らぬ人間が言い合いしてる姿なんて…
しかも仲間の腕の中には人の腕のようなものがあるなんて…

そうそう撮れるものでは無い

『テル…ヒコ…』

ベルが己の名前を呼んだ瞬間に筋肉質の男は全てを察してこちらに声をかける

『あ、あの!敵意はありません!彼女を助けたいので手伝って貰えませんか!?』

ベルに言うことを聞かせるなんて至難の業だ
此処にケンタが居ればまた話は変わるけれど…その姿は見えない

「仕方ないっすねぇ、後でもう数枚撮らせてくれるなら…」
『撮影は落ち着いてからにしろ、この爆発音じゃ他にも人が来る。』

シズクと呼ばれた美女は淡々と今の状況に適した発言をした

敵か味方か…そんなのも分からない状況で大勢の人間が集まるのは非常に困る

「ベル、オレっちっすよ。テルヒコっす。」
『…テルヒコ…ケンタが…ケンタが…腕…』

明らかに落ち着いていないベルの言葉から全てを察した

彼女が抱き締めている焦げ付いた腕の持ち主がもう居ない事を

「じゃあアウター貸すからさ、包んでかない?そのままにしとくよりもダメになりにくいと思うから…」
『…ダメに…』

そんな提案したって意味が無い…とでも言うように美女は息をつく

今更雨を凌いだって焼け焦げた四肢が腐るスピードはさして変わらない

『“ユキ”、強行突破だ。抱き上げろ。』
『え、でも…』
『抵抗する気がないならこっちのもんだ。それに手当は早い方が良い。』

ユキと呼ばれた筋肉質な男性は迷いながらもベルを抱き上げる

ベルは抵抗もせずに己が貸した上着で焼け焦げた腕を丁寧に包み抱きしめていた

「連れてくって何処にっすか?」
『“紅”の拠点だ、此処よりは安全に手当出来る。行くぞ。』

3人分の足音がパシャパシャと鳴る
ベルは借りてきた猫のように大人しくなった

きっとケンタの死をジワリジワリと自覚してきたのだろう

対して自分はというと…

「紅の拠点にパンツってあります?男性用Mサイズ」
『…漏らしたのか?』
「いや、興奮し過ぎて射精したんすよ」

初対面の男女にドン引きされている

仕方ない、人間はあまりの芸術作品を前に欲を抑えられないんだから

暗闇の中に一筋の光が来た時、抗えないのと同じで


〜あとがき〜
お題に沿ってはなかったと思う
無理やりこじつけた感じ
自創作のワンシーンです
テルヒコあんた頭おかしいよ(褒め言葉)

11/5/2024, 2:31:04 PM