時雨 天

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言葉はいらない、ただ…





冷たい風が熱っていた体を冷ましていく。二人揃って、ベランダに出て、ぼーっと薄暗い空を見つめた。
長い沈黙。カロンっと音を立てて、棒付きの飴を舐めるキミを横目に見た。遠くを見つめる姿は、思わず見惚れてしまう。
短い黒髪に毛先の部分だけ青に染めていて、耳につけている銀色に光るピアスはよく似合っている。
ふと、目が合った。喉の奥で笑うキミは、僕の頭をまるで犬のようにわしゃわしゃと撫で回す。

「わっぷ、何?」

「間抜けな顔、してんじゃねーよ」

「えっ、してないよ」

思わず顔をペタペタと触る。その仕草を見て、余計に笑うキミ。
僕は恥ずかしくなり、咳払いをした。

「笑いすぎだよ、もう」

「いいじゃん、可愛いんだから」 

「可愛いと言われると複雑なんだけど」

「んー、可愛いは可愛い」

またわしゃわしゃと頭を撫でる。やめてと小さく言っても、撫でるのを止めない。
仕方がなく、撫でられるがまま。キミが満足いくまでだ。
顔を見ると優しい表情。僕だけに見せる、この表情が好き。
他の誰にも見せない。いつもどこかつまらそうな、心ここに在らずの表情。
そんなキミに僕は興味を持った。だから、近づいて仲良くなったのだ。

「ここまでの関係になるとは思ってはいなかったけど」

ぼそっと呟くと、キミは耳をこちらに傾ける。

「何か言った?」

「ううん、なんでもない。……あっ、朝焼け」

僕の声に前を向くキミ。空が綺麗な色に染まっていた。
冷たい風が吹いて、身震いをすると腕をグイッと引っ張られて、あっという間に抱きつかれる形に。

「あったけぇー。流石、子供体温」

「ねぇ、バカにしている?」

「褒めてんだよ、バーカ」

喉の奥でまた笑う。そして、飴をガリっと噛んだ音が聞こえた。

「寒くなってきたから、部屋に戻ろうよ」

「んっ、そだな」

キミはふわーっと大きな欠伸をすると、部屋の中へと戻って行った。
その背中を見つめながら、僕は胸に手を当てる。

「言葉はいらない、ただ……僕はキミのそばにいたいんだ。それが叶わない世の中なのは、わかっている。いずれは、終わりが来る。でも、まだ……まだこの時の幸せを感じさせて欲しい」

8/29/2023, 12:54:15 PM