「月城君って、機械みたいだよね、感情が嘘っぽいっていうか、人間味がないっていうか」
「顔はかっこいいのにね」
「顔だけじゃだめでしょ、私無理だわー」
そんなこと言われてもどうしょうもない。本当に何も感じないのだ。たとえクラスが大爆笑に包まれようが、みんなが僕のことを嫌い、陰口を言われようが心底どうでもいい。僕は感情というものをあまり知らない。それは生まれたときからそうだった。
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赤ん坊のとき、まったく泣きもせず笑いもしない僕を、周囲は大層気味悪がった。そんな僕に唯一優しい笑みを向けてくれたのは、母だけであった。父は僕が生まれる前に離婚して、母と2人暮らしの生活だった。母が好きだとか、そんな感情はやっぱり生まれてこなかったが、僕のことを化け物のような目でみる周囲のやつに感じた鬱陶しさや不快感は感じなかった。
だが、僕が10歳のとき、母は急な心臓発作を起こし、帰らぬ人となった。身近な人がいなくなれば、こんな僕でも悲しみにくれるかもしれないとそう思っていたが、やっぱり寂しさを知ることはできなかった。それからは親戚の家に引き取られ、疎ましく思われながらも、淡々と日常を過ごした。母のことは、もうあまり覚えていない。
少し昔のことを思い出していると、頭上から声が聞こえてきた。
「ここの席、座ってもいい?」
顔を上げると、そこには一人の女子生徒が立っていた。周りを見渡してみると、ほとんどの席が満席になっている。少し迷った後、
「別にいいよ」
そう言うと、彼女は少しほっとした表情になり、ありがとう、と僕の前の席に着いた。本当は知らない誰かとなんてなるべく一緒にいたくないが、冷たい人と思われ根に持たれるのは後々面倒くさい。今までもそれが度々あったのだ。僕はとっくに慣れた偽りの笑みを返す。
「いやあ、油断したよ。ここっていつも空いてるから、今日はゆっくりでいいやと思ってのんびり来たのに。久しぶりの雨でいつも外で食べてる人もみんなここに集中してるなんて」
彼女は、気づかなかったなあ、と大袈裟に頭を抱える。そして、困ったように笑ったと思うと、すぐさまぱっと明るい顔になってこちらに前のめりになった。
「そうだ、名前名乗ってなかった。美澄萱乃(みすみかやの)、高2」
そして、あっさりとした口調で話し出す。
「って、知ってるか。この学校で一番モテてるもんね、私」
ふひひっと笑う。得意気そうだ。ただ僕は残念ながら彼女のことを全く知らなかった。
「申し訳ないけど、あいにく君のことを全然知らないんだ。だから自己紹介してくれて助かったよ」
それを言うと彼女は心底不本意そうに眉を顰めた。よっぽど自分に自信があるのだろう。
「それほんとに言ってる?そんな人この学校にいるんだ。そういえば私が急に君に話しかけても全然驚きもしなかったもんね。たいていの人は顔真っ赤にするのに」
美澄さんは物珍しそうに僕のことを見つめる。そして僕にも自己紹介を求めた。
「月城千翠(つきしろちあき)、同じく高2。さっきの続きだけど、基本的に僕はこの学校の生徒なんて一人も覚えてないから、君だけ知らなかったわけじゃないよ。だからあまり気にする必要はない」
僕は笑顔で返す。もちろん偽りだ。子供の頃はかなり無表情だったが、今では嘘の笑顔でなんとかその場をやり過ごすことができる。
「月城千翠…なんか聞いたことがあるような…。他の女子達が話してたっけ?」
それにしても、僕のこと知らない人も初めて見たんだけどね。
彼女はまた僕をまじまじと見つめ、それからにやりと笑う。
「ぼっちくんなんだ?」
初対面でこれとは随分失礼な奴だ。
「じゃあ、私と仲良くしようよ」
またか、僕はその言葉に眉を顰める。
「はあ…ぼっちでも孤独でも勝手に言えばいい。親しくなんてするつもりはない。そうやって誘ってきたの、これで何人目なのか。最初はそう意気込んでても、無理だって諦めていく人はこれまで何人もいた」
そう、今まで僕の外見だけ見て近づいて来ようとする奴を嫌というほど見てきた。王子様だとか言って近づいて来る鬱陶しい奴らを。
でもなんの感情も沸かない僕を見れば、最初の威勢を忘れてみんな怖がって逃げていく。そして彼女らは僕のことを“氷の王子様”って呼ぶ。なんだそのイタい呼び名は。僕は僕で、勝手に近づいて来たくせにって怒りが湧くわけでもなく、そう言って泣きじゃくったり怒ったりしていく奴らを見て満足する。残念だったね。ごめんね?理想の王子様じゃなくてさ、って。
「だから僕は君と仲良くするつもりはない」
少し意地悪く言ってみたのだが、
「私のこと知らないのも、私の誘いを断るのも君が初めてだよ」
開き直ったのか、関心しながらおいひぃーと玉子焼きを頬張っている。
へえ、今までの奴らと反応が違う。
これまで、誰にも心を開かないところがかっこいいとか勝手にほざいて、僕の外面だけを見て近づいてくる奴が何人いたことか。そんな奴がたくさんいれば心底面倒だ。そして、近づいてきたやつは僕の冷たい態度を憎む。
道行く人も、クラスメイトも、ただの背景の一部にしか見えなくて、道端に雑草が生えていて、電柱があるのと一緒で、ただそこにあるだけにしか感じない僕には、なぜそれだけでコロコロと感情が変わるのか、理解できなかった。
「月城先輩ってかっこ良くない?」
「ビジュやばいよね。」
「ねえ!それであの笑顔も合わせてかっこいい!」
「正に白馬の王子様って感じ」
「私、話しかけてみようかな?」
賑わう食堂で、少し離れた席にいる女子達が僕の話題できゃっきゃと騒ぐ。
1年生だろう。“氷の王子様”って噂は学園では有名だが、つい先日入学した新入りには届いていないらしい。
その笑顔が壊れるまであとどれくらいだろうね?
僕がそんなことを思っているとはつゆ知らず、彼女らはまた楽しそうに話していた。
それはそうと、今目の前にいる彼女は隣の女子達みたいにはしゃぐこともない。こんなこと初めてかな。楽でいいんだけど。
「今の話、あなたやっぱり人気あるみたい。確かに、あんな四六時中キャッキャ好き勝手言われて近づいて来られて、勝手に諦められるとか鬱陶しいかもね」
そういってまた彼女は玉子焼きを口に入れながら、気の毒だというような顔をする。
あながち間違ってないけど、鬱陶しい以外には思ってないからそんな顔向けられてもな。
「でも君はキャッキャ言われたら嬉しいんじゃないの?さっき思いっきりモテるとか自分で言ってたし」
そういうと彼女はまた苦笑する。困ったときに笑うのは癖なのかもしれない。
「それとこれとは別だよー。周りにありもしないこと言われて勝手に高嶺の花扱いされてもね。外見だけで判断しないでって感じ」
そして今度は真剣な顔でこちらに目を向ける。
「仲良くなろーっていったの軽く言ってるように聞こえてたらごめん。けど、私は別に君の見た目を見て言ったわけじゃないの。さっきはああいったけど、友達が欲しくてぼっちなのは私なんだ」
なるほど、それで僕のこと知らないんだ。僕が“氷の王子様”だなんて馬鹿げた名前で呼ばれてることも。新入りでもないのにおかしいと思った。
でも以外だ。彼女のような明るい性格ならすぐにでも友達ができそうなのに。やっぱり人って分からない。
「誘いを断るのは僕が初めてって言ってなかった?」
あははと頭を掻く彼女。
「確かに男の子では君が初めてだけど、女の子にはたくさん振られちゃったよ」
そしてふと寂しそうな表情になった。
「だからね、あなたが良ければ友達になりたい。もちろん無理強いはしないよ」
そう言う彼女の言葉は先程の明るさを失い、声が震えていた。余程トラウマがあるのか。
どうしたものだろう。彼女と友達になる?同情なんて、微塵も持ち合わせてないくせに?
今まで適当にいいよって返事したことはあるにはあるけれど、所詮返事をしたまで。僕が態度を変えることなんてないし、それを分かって離れていくのが普通。分かりきってることに興味はない。かと言ってずっと友達のまま一緒にいて欲しいだなんて思うこともない。時間の無駄だな、断るか。
「君は僕が“氷の王子様”なんて呼ばれて怖がられてること知らないでしょ。やめといた方がいいよ。僕は感情ってものが分からないから、君の期待する“仲の良い友達”なんかにはなれない」
そしてニコッと笑う。
「だから無理。他を当たって」
そう言うと彼女はやっぱりだめかとため息をついた。
「分かった。何度もごめんね」
【未完】
お題【もっと知りたい】
3/14/2024, 9:47:25 AM