ミミッキュ

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"透明"

「どうした?」
 医院の診察室のデスクに座る大我の白髪の束を掌に掬い取ると、こちらに顔を向ける。俺は立っている為、上目遣いになっている。
 その可愛い構図に、一瞬息が詰まる。
「……いや、なんでも無い」
 そう答えると「あっそ」と顔を再びパソコンに向けた。
 もう何度もやっている短いやり取り。何度目かは、とっくの昔に数えるのを止めた。
 再会した日から、数本混じっている白髪の先が時折透明に見える。
 自身の中の蟠りが無くなった時から、束を掬い取って確かめていた。
 最初の頃は酷く驚かれ、三歩程も後退られたが次第に後退りはされ無くなり、恋仲になってからは徐々に驚かれる事も無くなった。
 掌の中の白髪の束が毛先まで、蛍光灯の光を綺麗に乱反射して白銀色に輝いている。
 透明では無いと確認を終えると手を引き抜いて、手櫛で髪を整えてやる。さらり、と音を立てながら指の間を抜けていった。
「お前本当俺の白髪好きだな」
 パソコンに視線を向けたままそう言って、マグカップに口をつけて中のコーヒーを啜る。
 時折酷く存在感の薄い彼の髪先が透明に見えると、そのまま消えてしまうのではないかと心配になり、実際に手に取って確かめている。
「『好き』という訳では──」
 そこまで言って、言葉を切った。この言葉は違う。
「あぁ、『好き』だ。髪も」
 そう言うと「なんだそれ」と小さく笑った。室内に可愛らしい笑い声が響き、鼓膜をくすぐる。
 大我に──花家先生に惚れた理由の中に『綺麗な髪』がある。
 『いつか触りたい、撫でたい』と思っていた。
 だから、ずっと抱いていた己の欲望を満たす為に掬い取って愛でているのもあるかもしれない。
「時間あんなら、ハナの相手してくんねぇか?散歩に行くなら、ハーネスはいつものとこに置いてっから」
 そう言われ、鞄からスケジュール帳を取り出し、この後の予定を確認する。次の予定まで二時間程空いているのを見て、その旨を伝える。
 診察室を出ようと身を翻すと、「あっ」と声を上げた。何かと思い立ち止まって振り返る。
「ハーネスの付け方教えたっけか?」
 こちらを向いて立ち上がる素振りを見せる。片手を上げて「いや」と制止し、言葉を続ける。
「抜糸を終えた三日程後に教わった。あの後何度も復習している」
 そう言うと安心してか座り直して「そっか。じゃあ頼む」と頼まれた。
 小さく頷くと「行ってくる」と言って、診察室を出た。

5/21/2024, 2:25:50 PM