【日常】
私と彼の共通の休日である土曜日。
背を向けソファに寝転がっている恋人に声を掛けるが、返事はない。
もう一度同じように呼び、ぴくりとも反応しない彼の傍らに膝をつく。
そこでようやく面倒臭そうに彼は振り返り、私に視線を向けたが、またすぐに眼を逸らした。
「起きてるんなら、返事くらいしてよね」
私が言うと、彼は不機嫌そうに眉をひそめて溜め息混じりに口を開く。
「……今返事するとこだったのに」
「ふぅん、そう?」
「そうだよ。二度も三度も呼ばなくたって部屋には僕達だけなんだし、休みの日くらいのんびりさせてくれたっていいじゃない。別に大した用でもないんでしょ」
折角の休みが雨で虫の居所が悪いのか、やけに意地の悪い言い方だ。
「確かに大した用じゃないけど」
「ほら」
「ならコーヒーもお菓子も要らないか。お茶にしようって言いに来たんだけど、お邪魔してゴメンなさーい」
「えっ!? いやいや僕、そんな事言ってないじゃん!」
お茶が入ったと聞いた途端、ゲンキンな恋人は飛び起きた。
だが意地悪の仕返しとばかりに、私も意地悪く答える。
「別に構わないよ、要らないなら私がキミの分も頂くだけだし?」
「わ、悪かったよ……ゴメン!」
どれ程私に強く出たところで、言い返されればこうしてすぐに彼は降参してしまうから、2人は今まで喧嘩らしい喧嘩を一度もした事がなかった。
そもそも喧嘩にならないのだ。
(そりゃ私だって、わざわざ喧嘩したい訳じゃないけど)
こんな下らない些細な事でさえ今一つ互いにぶつかり合えない、踏み込めない。未だ微妙な距離感を持て余している自分達がもどかしい。
多分、彼には自分に言えない何かがあるのだろう。そう私は踏んでいる。
こうした何気ない日常のやり取りの中でそれを思い知らされて、寂しく感じてしまう事もあるけれど―――少なくとも私はそういう彼も含めて受け入れ、彼を愛し、側に居る。そしていつか、彼が話してくれるだろうと信じている。
だから今は、彼とのぬるま湯のような日常を存分に楽しもうと思う。
「ねぇってば~」
彼は頭を掻きながら、弱り切った情けない表情で私の顔を覗き込む。
「ご心配なく。要らないものを無理に勧めるなんて意地悪しないから、私」
そう畳み掛けながらクスクスと笑う私に、彼は拗ねた子供のように唇を尖らせている。
「悪かったって……」
(……さて、そろそろ意地悪も終わりにしないとね)
「だったらテーブルに広げっ放しの新聞やら、置きっぱの腕時計や煙草片しておく事!今、美味しいカステラとコーヒー持って来るからさ」
6/22/2023, 10:49:20 AM