ゆかぽんたす

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「駅まで送るよ」
そう言って、先輩は私の斜め前を歩き出す。1人で平気ですと断ったものの、そんなこと聞いちゃくれなかった。
「さすがにこの時間帯に女の子1人で歩かせるのは心配になるよ」
にこやかに笑って言う1つ上の先輩。ずっと前から好きだった。でもこの気持ちを伝える日は来ないと思う。だって先輩には彼女がいるから。
「みんな盛り上がってて楽しかったなー」
「そうですね」
「きみもちゃんと、飲んだり食べたりできた?会費払ってるんだからもとは取っとかないと」
「もとは取れたか分からないけど、それなりに食べれましたよ」
今日は大学のゼミの飲み会だった。2次会に参加しない組はここで解散となった。私もその1人で、駅に向かおうとしていたところを先輩に呼び止められた。正直、この人は2次会に行くのだと思ってたからこんな形で呼び止められてびっくりした。先輩は普段からいつも気さくに話しかけてくれるけれど、ここまで距離が近いことは無かったから、今は嬉しさよりも緊張が強い。
「何線?」
「京王線使います」
「じゃ、俺と一緒だ。途中まで一緒に行こう」
同じ改札を通る時、先輩から仄かにいい香りがした。香水だ。私はそれにときめくのではなく、反対に気持ちが落ちてしまう。この香りは先輩の彼女さんと同じものだから。きっと2人でお揃いのものをつけてるんだろうな。それを思ったら、今のこの状況はこの先滅多にないことだな、と思った。憧れの先輩と一緒に帰るなんて夢のようだ。夢ならこのまま覚めないでほしい。ずっと見てたい。そう願ってしまうほど、やっぱり私は先輩のことが、好きで。
「みんなあの後どこ行ったんだろうなー。カラオケかな?」
「そうかもですね」
「だとしたら抜けてきて正解だったな。俺さ、めちゃめちゃ音痴なの」
「えぇっ、そうなんですか?」
「うん。内緒ね。きみにしか話してないから」
きみにしか話してない。それはかなりのパワーワード。私しか知らない先輩の秘密。それを得ただけで不思議な優越感が頭の中を埋めてくる。音痴な先輩可愛いな、より、私しか知らない先輩のとっておきの情報を手にした嬉しさのほうが勝っていた。
そんなふうに、簡単にこの人の心も私のものになったらいいのに。叶わない願いを思ってしまう。らしくない。今日少しお酒を飲んだせいなのかもしれない。自分の最寄り駅に着くまでこの人を独占できることが嬉しくて、でもどこか切なくて。これが夢なら良いのに。そしてそのままずっと覚めなければいい。そう思いながらも、やってきた電車に2人で乗り込んだ。

1/14/2024, 8:15:44 AM