寿ん

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あたたかいね


『鈴山さんの天気予報』はよく当たる。
朝5時から始まる情報バラエティの、星座占いと天気予報を観てから家を出るのが私の日課だ。
占いのほうは正直信じてはいないけれど、例えばラッキーアイテムがどうとか、ラッキーカラーだとか、そういうのが今日の持ち物のなかに入っていたらちょっと嬉しくなる。おまじないみたいなものだ。

この日の星座占いで、私の双子座は10位だった。ラッキーアイテムはサンドイッチで、『周りをよく注意して過ごしましょう』というアバウトな助言をもらった。スタジオのゲストにも双子座がいたようで、コンビニのサンドイッチ全買いしまーすとコメント。
私もなんとなく、お昼はサンドイッチを買おうと決めて家を出た。
徒歩10分の駅から、電車で15分。目的地に着いたらさらに5分ちょっと歩いて、私の勤めるオフィスがある。

『今日の最高気温は9度、昨日より2度ほど上がるでしょう。全国的に晴れの模様です』

今朝の鈴山さんは確かそう言っていた。だからいつものコートだけでカイロは持ってこなかったわけだけど、風が強くてどうしても暖かくなんて感じない。むしろ昨日より寒いんじゃないか。
オフィスビルに入ったところで、
「鳥越さん、おはよう」
声がかけられた。見ると、同僚の島泉さんが1階のコンビニからこちらへ歩いてくる。
「おはよう。何買ったの、お昼ごはん?」
「いやあ朝食だよ。寝坊して食べて来れなかった」
「島泉さんが寝坊?意外」
「俺だって自分にびっくりしたさ」
話しつつ、一緒にエレベーターに並ぶ。
「いつも観てる朝の番組をね、観れなかったわけだから残念。あの天気予報当たるのに」
「へえ、私も観てるよ。ソーソーモーニングってやつ」
「ほんとう?!俺もそれなんだ。鈴山さんのね」
「鈴山さん、今日は昨日よりあったかいって言ってたよ。でも風強いし、あんまりそうは思えないよね」
エレベーターは徐々に降りてきていて、今は5階にいるらしい。エントランスの自動ドアが開くたびに冷気が舞い込むから、早く来てくれると助かるのに。
「鳥越さん、カイロ持ってないの?俺の貸そうか」
島泉さんは大きなコートのポケットから、貼らないタイプのカイロを取り出した。
「大丈夫って言いたいとこだけど、じゃあちょっとだけ借りてもいいかな?もう手が冷たくて冷たくて」
そう手を差し出す。すると島泉さんは私の手にカイロを乗せ、そのまま彼の両手で包んだ。
「そうかな?鳥越さんはあったかいよ」
とたん、指先に熱さが巡った。
わけがわからないけれど、ひとつの感覚が脊髄に達する。
この熱さ、そして痛さ。
「あ、」
熱い。
「あっあぁ……」
暑い。
「ぁあぁぁ……?」
巡って、巡って、手首から身体の外へ流れ出る。
「鳥越さん」
チカチカする視界で、目の前の人物を見た。恍惚とした表情で、私をーー私から溢れる血液を眺めていた。
「ああ、ほら、ぜんぜん」
愛おしそうに手首の傷を撫でる。私の悶えも聞こえないみたいに、彼は指を傷口に突っ込んでは広げていく。
「鳥越さんはぜーんぜん冷たくなんてないよ」
床に落ちたカイロは赤々と染められていた。彼はカイロを拾って、頬擦りをした。
「鳥越さんは、あたたかいね」

1/11/2025, 3:28:58 PM